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電波天文学と星間物質

星間物質

図1: 星間物質のさまざまな相


宇宙には星だけでなく星間物質と呼ばれるガスやチリが存在している。 これらはその名の通り星間空間に存在し、密度や温度によっていくつかの相に分類される(図 1)。 一般的には、密度の低いところでは原子ガスが支配的であるが、密度が高い部分では 分子雲と呼ばれる分子ガスとして存在するようになる。 星はこの分子雲の中で誕生することが知られているが、現在、星形成のメカニズムは完全に理解されているわけではない。 図1に星間ガスが密度と温度によってどの相にあるかを示す。 分子ガスが存在するのは、密度が102cm-3以上あるような密度の高い相からで、 これらは分子雲と呼ばれる。分子雲は温度が 10K 程度という極低温で、大きさが 1 ~ 100 pc、 重さが102 -5太陽質量程度の塊として存在している。 これらの分子雲の中には密度が 104cm-3を越えるような高密度領域(コア)が 存在し、そういった領域では今まさに星が誕生している、あるいはこれから新しい星が誕生してくると 考えられている。

星形成

星は様々な質量をもって生まれてくる。 そして、この生まれたときの質量でほぼその一生が決まってしまう。 一般に質量が大きいほど短い時間でその寿命を終える。 たとえば、特に重い星(O型星、B型星)は、 強力な紫外線を出して電離ガス領域(HII 領域)を形成したり、 超新星爆発を起こして星の内部で起こる核融合反応で形成された た重元素を宇宙空間にばらまいたりするなど、 我々の宇宙の進化においても非常に大きな影響を与える存在である。 しかしながら、このような大質量星がどのようにして生まれるのかは、 実はまだよくわかっていない。 そこで、星の産まれる母胎となる分子雲についてさまざまな観測を行うことで、 これらのメカニズムを探る必要がある。

分子輝線

分子雲は電波によって直接観測が可能であり、星形成の誕生の場を探り、 そのメカニズムを明らかにするためには、電波観測は欠かせない重要な手法となる。 分子は高いエネルギー準位から低いエネルギー準位へ遷移する時、 その差に相当するエネルギーを持つ光子を放出する。 各々のエネルギー準位を Eu, Elとすると、 放出される光子の周波数を &nu とすると、

となり、これが分子輝線として観測される。ここで、h はプランク定数 (6.626075 × 10-21erg s)である。 エネルギー順位は各々の分子で決まった値しかとれないため、放出される光子の周波数(&nu0)も 各々の分子で決まった値を持っている。 すなわち、各々の分子は決まった周波数の(静止周波数)の輝線を持つことになる。 ただし、天体から観測される分子輝線の周波数は、その天体が運動している場合、 ドップラー効果によってこの周波数からずれていく。 従って、静止周波数がわかっている輝線を観測した時、逆にそのずれから 観測者に対する視線方向に沿った運動の速度(視線速度)を知ることができる。

天体の視線方向の速度をV, 観測される周波数を &nu とすると、

c は光速(2.99792× 108m/s)である。

エネルギー準位には、電子の励起状態、分子の振動による励起状態、分子の回転による励起状態があるが、 電波領域では主に回転エネルギー準位間の遷移が重要である。 輝線を放射するには、高いほうのエネルギー準位に分子が存在しなくてはならない。 星間空間では主に水素分子との衝突によってより高いエネルギー準位へ励起されるが (水素分子が一番多い分子なので)、一方、高いエネルギー準位にある分子は輝線を放射し、 低いエネルギー準位へ移ってしまう。 従って、衝突によって高いエネルギー準位へ移る割合が放射によって低いエネルギー準位へ 移る割合以上になったとき、はじめてその輝線を観測することができる。 放射による遷移が起こる割合はそれぞれの輝線で決まっており、衝突による励起の割合は 水素分子の密度に依存するので、それぞれの輝線が出されるために必要な密度が決まる。 従って、異なる分子輝線で観測することによって異なる密度の星間ガス領域を観測することができる。 例えば、最もよく観測される一酸化炭素分子(CO; 静止周波数115 GHz)からの電波は、 密度が102cm-3以上という比較的な低密度な領域でも観測されるが、 シアン化水素(HCN; 静止周波数 88.6 GHz)からの電波は、104-5cm-3を 越えるような高密度領域でないと観測されない。

温度 T の黒体から放射される周波数 &nu の電波強度は、プランクの放射式

で表される。ここで、hはプランク定数、kはボルツマン定数である。

h&nu ≪ kT の時、

と近似され、電波強度は温度T に∝することになる(レイリー・ジーンズの法則)。 天体からの電波強度は、この関係を使って対応する黒体の温度で表わされる。 ただし、h&nu ≪ kT が成り立たない場合は、

を式(4)のTの代わりに使うことになる。

図2: 光学的深さ fig1

分子雲は電波を出す一方、自分自身で電波の吸収もおこし、吸収の割合は光学的深さで表わされる。 たとえば図2のように、光学的深さ &tau の分子雲を通過した電波は、

のように減衰する。実際に観測される分子雲からの電波強度 (温度の単位で表して &DeltaTA* と書く) は、実際の分子ガスの温度 Tと光学的深さ &tau を用いて、 次のように表される。

&etamb : アンテナ主ビーム能率(main beam efficiency) (<1)
&Phi : 分子ガスの広がりがビーム内で占める割合 (beam filling factor)(<1)
Tbg : 分子雲の背景からの電波強度

分子輝線に対する光学的深さは、分子ガスの温度、密度、 分子雲の視線方向の長さ(視線長)に依存する量である。 これは、低いエネルギー準位にある分子が電波を吸収して高いエネルギー準位へ遷移するため、 視線上の分子が多い(柱密度 = 密度 × 視線長が大きい)ほど、また、 低いエネルギー準位にある割合が高い(温度が低い)ほど光学的深さが大きくなるためである。 温度、密度が一定の分子雲を仮定すると、光学的深さは分子の柱密度に比例する。

式(7)は、光学的深さが大きい(光学的に厚い)場合、 &DeltaTA* = &etamb(T-Tbg) となり(&Phi=1の場合、&etambは測定可能)、観測される温度 (&DeltaTA*)が分子ガスの温度(T)に対応することになる。 一方、光学的深さが小さい(光学的に薄い)場合、 &DeltaTA* = &etamb(T-Tbg) となり、観測される温度は分子の柱密度に比例することになる。