数学的問題解決における生徒の情報の生成を促す指導に関する基礎的研究

教科・領域教育専攻自然系(数学)コース

藤田尚徳


1 本論文の目的
 問題解決活動の中で生徒に「わかった」「みえた」という体験をさせることは,数学の学習を生徒にとって魅力あるものにするであろう。この体験を支援するためには,生徒の視点に立って認知面の様相を分析することが必要である。そこで本研究の目的を次の3点とした。

2 本論文の概要
 第1章では,生徒の視点に立った解決プロセスとは何かを示すために,問題解決ストラテジーに関する先行研究を概観した。そこでは,ある程度理想的な解決プロセスを前提とした立場と,そのような解決プロセスを前提とせず,解決者が思考する対象となる問題場面の変化,あるいは理解の変化として解決プロセスを捉える立場がみられた。前者は教師の指導性を重視する立場であり,後者はより生徒の視点に立つ立場といえるので,本研究では理解の変化と捉える立場に立った。

 第2章では,解決プロセスを理解の変化として記述するために,情報という観点を導入した。 Hiebert & Carpenter(1992)は,理解の深まりを明示するために,認知科学に基づいた情報という観点を取り入れている。この観点は,解決プロセスを問題場面の構造の変化と捉える問題解決研究において導き出された「要素」「要素間の関係」「意味」という概念と深く関わっている。本研究では,ボトムアップ的に導き出されたこれらの概念を,情報という観点から整理し,逆に,解決プロセスを記述するための枠組みの基本的な構成要素として位置づけた。本研究では,情報を次のように捉えた。

情報という観点から,解決プロセスは情報の生成の変化と捉え,理解の深まりは能動的により多くの情報を生成することと捉えた。

 理解の深まりを求める問題解決指導は,布川(1995)が,ストラテジーに理解を深める側面を強調することで示している。情報という観点からこのストラテジー指導を捉え直し,情報の生成としてのストラテジーを示した。次に,情報の生成を促す要素を特定するために,解答に結びつくように収束する情報の生成に注目した。この情報の生成を,再グループ化としての情報の生成と,ある情報を取り除いたうえでの情報の生成の二つと捉え,この二つを分析・考察で焦点を当てる箇所とした。

 第3章では,Lawson & Chinnappan(1994)が問題解決プロセスを情報の生成の進展として記述した図に基づいて,生徒の情報の生成の変化を記述するための具体的な手法を規定した。

 第4章では,生徒の実際の問題解決活動を,第3章で規定した手法によって記述した。生徒の情報の生成の変化の分析・考察により,情報の生成を促している要素を特定し,問題解決指導への示唆を導いた。

 分析のためのデータは,計3回,延べ15名の中学生を対象として,図形の証明問題を支援を行ないながら発話思考法で解かせ,事後インタビューを行なうことにより得た。数学的な飛躍がなく解答に到達した生徒の中から,てつお君とひろみさんの2名を抽出した。分析・考察の結果,明らかになったことは次の3点である。

  1. 解答の記述は相似の文脈であるのに,プロセス全体では文脈の多くが合同であることから,解決プロセスは線形的ではないといえる。しかし,解答で構成された文脈から外れている文脈での情報や,解答に直結しない情報も,その中のいくつかは,最終的に解答に関わりをもっている。
  2. 論理としての情報の生成は直観としての情報の生成を後追いするだけなのではなく,論理としての情報の生成を進める中で直観としての情報の生成が引き起こされており,相補的な関係がみられる。また,解答に結びつくように収束する情報の生成は,証明の記述を実際に進めることで引き起こされている。よって,「実際に実行に移す」という活動が情報の生成を促す契機となっているといえる。
  3. 同様のストラテジーを用いさせる支援の場面で比較すると,てつお君は支援後の情報の生成が断片的なのに対し,ひろみさんは連続していた。この相違の起因は,てつお君への支援が合同から相似へと文脈を全く変えているのに対し,ひろみさんへの支援は相似から線分の比へと文脈を延長させていることである。よって,支援後の情報の生成には生徒の文脈が関わっているといえる。
 指導への示唆として,次の3点が挙げられる。
  1. 教師の視点からは意味がないように見える生徒の情報の生成でも,それが続いている場合には見守ることである。
  2. 生徒が留まっている場合には,そこで生徒が持っている手だてを見いだし,それを実際に実行に移させることである。
  3. 情報の生成を促す支援となるためには,生徒の文脈に沿うことが必要である。よって,解決プロセスにおける生徒の思考を,より詳しく把握していることである。
 今後の課題は,授業における集団の場での情報の生成について考察することである。

3 主な参考文献

指導  岩 崎 浩
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