算数の授業における正当化に関する研究
−一般的なシェマと共通なシェマに着目して−

教科・領域教育専攻自然系(数学)コース

磯野正人


1.研究の動機と目的
 算数の授業において議論をする中で,子どもは,自分の考えと異なる考えを受け入 れたり,比較したりすることで,算数の知識を深め,発展させる.このとき子どもに よって説明や正当化がなされている.
 しかし,算数における説明や正当化に関する研究はまだ少ない.よって算数におけ る説明や正当化について研究する余地がある.
 本論文は,小学生にとって価値のある正当化とは何かを明らかにし,その価値を構 成するための正当化を定義する.そしてその正当化が教室においてどのように実現さ れるのかを分析・考察することで,算数の授業における正当化の特徴を明らかにする.

2.本論文の概要
 第1章では,まず証明の望ましい価値について考察した.Hanna(1989,1995)は,証 明は「なぜ真であるか説明する」という役割を果たすものであるとしている.筆者は この役割に着目し,子どもは「なぜ真であるか説明する」という証明の価値を構成す ることが重要であるとした.この価値を満たす証明方法として,筆者は,Hannaの 「説明的な証明」に着目した.説明的な証明は,問題に依存した数学的なアイディア を示すことで,「なぜ真であるか説明する」という役割を果たす.筆者は,証明にお いて数学的なアイディアを示すことで「なぜ真であるか説明する」という価値を子ど もが構成することができると考えた.さらにこの価値を小学生に構成させるために, Semadeni(1984)の提案するAction proofに着目した.Action proofは,いわゆる数学 的証明とは異なり,操作から得た一般的シェマを内面化することで証明を得る.この 一般的なシェマは,証明の妥当性を支えるものである.また一般的なシェマは,数学 的なアイディアを表しているということができる.
 筆者は,説明的な証明とAction proofの共通点である数学的なアイディアに着目し た.そして,小学校における証明は,数学的なアイディアを表す一般的なシェマを用 いることでなされると捉えた.
 また,算数の授業でなされる証明は,いわゆる数学的証明ではなく,具体物等を用 いた経験的な説明や正当化である.そこで筆者は,小学校でなされる証明を,正当化 という広い概念で捉えた.
 第2章では,筆者の捉えた正当化を教室で分析するために社会的な観点を設定した. まず,実際の授業を議論したBalacheff(1991),熊谷(1996)の研究から,正当化は社 会的な過程であるという示唆を得た.正当化の過程を捉える前提として,シンボリッ ク相互作用論(Blumer,1991)から,ものごとの意味は社会的に形成されるという知見 を得た.この知見から筆者は,教室において,正当化が参加者の間で意味を成したと き,正当化が受け入れられたとする.
 また,実際の授業では,一般的なシェマが正当化においてその役割を果たすとは限 らない.そこで教室でなされる正当化において妥当性を保証する役割を果たす共通な シェマの必要性を述べた.そして共通なシェマを分析の観点とした.そして,正当化 が教室でどのような特徴を持つのかを明らかにするために,熊谷の研究から正当化の 対象と方法という観点を設定した.対象とは何を正当化するのかということであり, 方法とは正当化に用いられる考え方である.
 第3章では,小学校6年生の分数の乗・除法の授業10時間でなされた正当化を分 析・考察した.授業初期から中期までは,「単位のアイディア」を用いた正当化が受 け入れられた.その間,教室の議論において「単位のアイディア」が共通なシェマで あった.ところが授業後期では,議論において「単位のアイディア」が共通なシェマ にならないため「単位のアイディア」を用いた正当化は受け入れられなかった.この ことから,一般的なシェマであっても,共通なシェマでなければ,子どもは受け入れ ることができないことが明らかになった.
 「単位のアイディア」が共通なシェマにならなかったきっかけは,授業中期に子ど もが分数×分数の計算方法を正当化する際,教師がます目の図を導入したことである. このます目の図は,教科書でも,算数の授業でもよく取り扱われる図である.ここで, ます目の図を用い,ますを数えるという「量的推論」を用いた正当化がなされた.こ の図が導入された授業から,「単位のアイディア」ではなく「量的推論」を共通なシ ェマとする集団が現れた.そして「量的推論」を用いて正当化をする子どもは,授業 後期の分数の除法においても「量的推論」を用いて正当化をしようとしていた.しか し「量的推論」を用いた正当化では,正当化がうまくなされない状況が生じていた. 一方で,ます目の図を用い「単位のアイディア」を共通なシェマとした集団は,授業 後期においても「単位のアイディア」を用いて正当化をすることができた.
 さらに,正当化の対象の観点から,授業中期の場面を分析することで,対象と共通 なシェマの密接な関係が見えてきた.
 分数の乗・除法において,対象を「答えとます目の図」としたとき,子どもは「量 的推論」を用いた.一方で対象を「計算手続きとます目の図」としたとき,子どもは 「量的推論」だけでは正当化をすることができない.それは式の上で分母が変わるこ とにより単位の変換が目に見えるため,必然的に「単位のアイディア」を用いなくて はならないからである.このことから「単位のアイディア」を共通なシェマとするた めには,正当化の対象を「計算の手続きとます目の図」に絞らなければならないこと が分かる.
 つまり議論において一般的なシェマを共通なシェマにできなかった原因は,何を正 当化の対象とするのかという相互作用がなされなかったからである.

3.まとめと今後の課題
 筆者が捉えた正当化が,成功的に扱われるためには,一般的なシェマを共通なシェ マにすることが必要である.さらに共通なシェマをつくるためには,対象に関する相 互作用がなされなければならないことが明らかになった.
 今後の課題として他の単元の正当化や,異なる教室でなされる正当化に関しても, 議論していく必要がある.

指導  熊谷 光一


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