小学校算数科における速さの学習と指導に関する研究
−線分図・数直線を道具とした児童の比例的な考えを視点として−
教科・領域教育専攻自然系コース(数学)
長田修一郎
1. 本論文の目的
算数科において一般に速さは、児童にとって理解することが困難であり、指導も難しい概念である。しかも授業において児童が速さの概念を獲得する過程は明らかではない。そこで研究の目的を次の2点とした。
- 授業における速さの概念を児童はどのように獲得していくか、その学習過程を探る。
- 児童の学習過程の分析から、速さの指導における示唆を得る。
2. 本論文の概要
第1章では中島(1981)の研究の知見から、算数科の速さの学習は、比例の考えをもとにして単位量あたりの考えで量を創造する学習であることとした。そうすることで速さの概念の獲得は、速さをつくり出す時間と距離の比例的な見方ができることであるとした。
次に速さに関する先行研究を概観し、授業での速さの学習過程を研究する必要性を述べた。
第2章ではCobb(1995)の研究を先行研究として、速さの学習過程を探る枠組みを規定した。彼は道具の使い方が発展することで、概念が再構成されるとしている。つまり、それを概念が発達したと見ている。彼は社会文化的立場にあるヴィゴツキー(1987)の道具主義的方法の考えを取り入れることで、道具の使用による概念の発達の方向性や可能性を説明しようとした。児童の概念の発達は「道具の使用」という刺激の結果「概念の発達」という反応をするというような条件反射的な結びつきでは捉えられない。「文化的道具」を「道具の使用」と「概念の発達」の間に媒介物として入れることで、その結びつきを間接的に捉えるものである。道具の使い方は道具のもつ文化に導かれ、概念も道具の使い方と共に発達するのである。このように概念の発達過程は「文化的道具」を通すことでより明確に捉えられるようになった。
この枠組みから速さの概念を考えると、それはインフォーマルな比例の考えが線分図や数直線を使うことで再構成されることである。そこで、線分図や数直線を道具として、時間と距離の比例の概念の発達過程を捉える枠組みを新たに構成した。
速さの概念を得るために使用する道具はその使い方を制約する。道具の使い方は、線分図や数直線のもつ文化的道具としての比例に導かれ、比例に沿った使い方となる。比例に沿った使い方は、かかった時間と進んだ距離が比例すると見られるので、速さを単位時間の1にあたる距離として求めることである。
道具である線分図や数直線の使い方が発達すると、そこで得られる速さの概念も発達する。道具の使い方が比例的になることで時間と距離の比例的な見方をするようになる。しかし道具の使い方は、比例的見方の発達の可能性と関わり、児童が発達の領域にいるかどうかで決まる。
第3章では、前章で理論付けた速さの概念の獲得について事例を分析し、比例的な概念が発達する過程の考察を行い、指導への示唆を得た。
調査は福島県の公立小学校で行った。「単位量あたりの大きさ」の授業16時間を行い、そのうち速さの7時間の授業をもとに、DくんとI子さんの2名を抽出し分析した。記録はVTRとATRで行い、Dくんについては事前・事後インタビューも行った。児童に比例的な考えを意識させるために、単元の最初の授業から線分図・数直線を導入した。授業での児童の分析においては発話やノート、線分図や数直線の操作に関する活動に着目した。
最初は2人の道具の使い方に差はなかった。学習を進めるうちに、Dくんは道具である数直線の使い方が比例に沿ってできるようになり、時間と距離の比例的な見方ができるようになった。一方のI子さんは、一時は線分図を問題解決の道具として使うようになるが、使い方は比例的ではなかった。そのため、間違った使い方を発達させてしまった。
この原因としてDくんは、学習前のインフォーマルな比例をビルドアップとしてもっていることが挙げられる。またこの比例が発達可能な領域にあったと考えられる。I子さんは2量の関係を和や差という形でしか捉えられなかったためインフォーマルな比例が存在しなかった。比例が発達可能な領域になかったと考えることができる。
道具の使い方と文化的道具の関係、またそれに概念の発達領域を加えて考察すると、発達可能な領域にある児童が道具を文化的道具に沿って使うためには意味付けが必要である。その意味付けは、児童が道具に対して意味を構成することであり、道具の使用の仕方に発達のきっかけを与えることである。Dくんの場合は、速さを線分図上に「時間1に対する距離」と意味付けることをきっかけに、道具を比例的に使うことが可能になった。他方I子さんの場合は道具の使用に意味付けがなかった。つまり、I子さんは道具を使うとき、使い方を発達させるきっかけを与えなかったことになる。そのためにI子さんは、道具として機能しない誤った道具の使い方をしていても気づかなかったのである。
また、比例と速さの関係について考察すると、道具の使用を通して比例と速さが密接なつながりをもつことが明らかになった。具体的に速さを求めるための操作が、時間や距離の比例関係を求める操作として見られる。
指導への示唆として、次の2点が挙げられる。1点目は、児童の学習過程を捉えるには、速さの概念を捉える考え方として時間と距離の比例的な見方が視点となることである。2点目は、学習前に比例を、少なくともビルドアップのような発達可能な領域まで引き上げておくことである。また別の方法として、単位あたりの量である速さを操作する際、和や差を基本として扱えるようにすることである。
3. 主な参考文献
- 中島健三.(1981).算数・数学教育と数学的な考え方.金子書房.
- Cobb,P.(1995).Cultural tools and mathematical learning:a case study Journal for Research Mathematics Education, 26 (4), 362-385.
- ヴィゴツキー, エリ,エス. (1987). 心理学の危機 (柴田義松,藤本卓,森岡修一訳). 明治図書.
指導 熊谷 光一
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