数学教育における一般化のプロセスを重視した指導の研究
−サーチスクリーンに着目して−
教科・領域教育専攻自然系コース(数学)
田村良久
1.本研究の目的
一般化は,数学を進める上で特徴的な思考のひとつである。数学教育においても
問題の発展的な取り扱いなどで一般化を目標とする場合がある。しかし,何をして
いいか分からない,問題のより本質的な構造を捉えることなく追求をやめてしまう
など,子どもにとって一般化が難しいものとなっており,支援を模索するところで
ある。先行研究における一般化の位置づけから,指導目標としての一般化は明確に
なるが,子どもがどのような活動をして一般化するのか,そのプロセスが必ずしも
明確にされていない。
そこで,以下の2点を本研究の目的とした。
- 一般化のプロセスを学習者である子どもの認識の深まりから検討し,明らかにす
る。
- 明らかにした一般化のプロセスから,指導への示唆を得る。
2.本論文の概要
第1章では,Dorfler,
W氏のモデルをもとに,一般化のプロセスの枠組みを検討した。氏のモデルは,学習
者の活動をもとにした一般化のプロセスを捉える枠組みとなりうるが,数学の認識
の深まりを大域的に捉えるものである。そこで数学の論理体系の考察から,氏の枠
組みが学習者を視点とする局所的な一般化のプロセスにも適応できうることを示し
た。また杉山氏の公理的方法の検討から,一般化を,考察の集合を拡げるというよ
り,活動から捉えた関係をもとに変数を構成することであると捉えた。変数構成の
ために,Dorfler,
W氏のモデルの「記号の対象化」に至る「外延的一般化」に焦点を当て,特に,氏が
不変な関係の役割を比喩しているサーチスクリーンに着目した。そして,学習者の
活動を視点とするとき,サーチスクリーンは比喩ではなく,学習者の実際の活動と
なることを指摘した。
第2章では,具体的な事例からサーチスクリーンを分析・検討した。Dorfler,
W氏の示すサーチスクリーンは,不変な関係であり,同一活動の可能性を探ることで
適応範囲を拡げ,不変な関係が次第に活動の要素から分離し,変数を構成するよう
機能する。学習者の活動としてのサーチスクリーンは,不変な関係を捉えるだけで
なく機能することが重要であり,関係と機能を分けて考え得るものではないことを
指摘した。また学習者は,大域的には不完全な関係を捉える場合がある。このとき
学習者は,捉えた関係を暫定的に不変な関係として,サーチスクリーンを機能させ
る。したがって,捉えている関係を見直し・修正することが変数構成に必要である
ことを指摘した。また外延を拡げたり,捉える関係を見直し・修正するとき,学習
者の注意がシフトすることを見いだした。この注意のシフトは,変数構成を進める
上で重要であることを指摘した。以上の考察からサーチスクリーンとは,「学習者
が捉えた関係を用いて,同一活動の可能性を探る活動である。このとき,適応範囲
を拡げ外延を明確にするよう注意をシフトするか,または捉えた関係を見直し・修
正するよう注意をシフトする機能をもつ」とした。
サーチスクリーンが機能するときの注意のシフトを具体的な事例を分析すること
によって,2つのシフトの様相を明らかにした。
- 外延を拡げ,明確にする注意のシフト
(E1)記述の説明的側面から操作的側面への注意のシフトと,(E2)「関係を満たす
か」から「関係を満たすのは何か」への注意のシフト
- 関係を見直し・修正する注意のシフト
(I1)同一活動である2つを比較するように働く注意のシフトと,(I2)同一活動と
認めてい ない2つを比較するように働く注意のシフト
(E1)は,サーチスクリーンが機能しはじめるときのシフトであり,(E2)は,外延を
明確にするように働くシフトである。(I1)は内包を明確にするように働くシフトで
あり,(I2)は,外延をさらに拡げるように働くシフトである。
第3章では,学習者の具体的活動場面で,サーチスクリーンの機能を分析した。
サーチスクリーンの最初の構成及び発展の様子を見るために,初学者の数の性質に
関する問題と,ある程度数学に習熟した者の図形の性質に関する問題への取り組み
を分析した。
数の性質に関する問題への取り組みの分析で,サーチスクリーンの機能に次のこ
とがみられた。
- 学習者は,捉えた関係を文字を用いて記述していても変数を構成しているとは限
らない。変数が構成されるためには,文字式の記述に対して,注意のシフト(E1)が
必要である。
- 学習者の言及の範囲は集合の規定だけでなく,自分が作った表の切れ目など視覚
的要因に影響されている。注意のシフト(E2)によって,表の切れ目を拡げるととも
に言及の範囲が集合的にも拡張される。
- 学習者によって拡張された適応範囲で,特殊 な事例によって注意のシフト(I1)
が起こる。
図形の性質に関する問題への取り組みの分析で,サーチスクリーンに次の違いが
見られた。
- 具体的視覚に依存する図形中心のサーチスクリーンと,図形のもつ性質を抽出し
て議論する証明中心のサーチスクリーンが見られ,それぞれの注意のシフトが異な
る。
- 図形中心のサーチスクリーンは,柔軟に活動の要素を変えることができる。注意
のシフトによって図形の組み合わせを変えるなど,問題の状況を変化させるアイデ
ィアを生む。
- 証明中心のサーチスクリーンは,条件変更が難しく,性質に関してある程度の知
識が必要である。注意のシフト(E1)によって,発展を系統的に進めることができる
。
3.本論文のまとめと今後の課題
本論文のまとめとして,次の知見を得た。
- サーチスクリーンを機能させることによって, 変数を構成する過程が見られた
。また,以前 の変数構成の経験が,次のサーチスクリーン に影響することが見
られた。
- 教師は,子どもの捉える関係だけでなく,機 能を含めたサーチスクリーンに着
目し,指導 していくことが重要である。
今後の課題は,得られた知見をもとに具体的な指導のあり方を研究することであ
る。
4.主な参考文献
- Dorfler, W.(1991). Forms and Means of Generalization in Mathematics, in
Bishop, A.J.et al (eds.), Mathematical Knowledge : Its Growth Through
Teaching, Kluwer Academic Publishers. pp.61-85.
- 杉山吉茂. (1986). 公理的方法に基づく算数・数学の学習指導. 東洋館出版社.
指導 熊 谷 光 一
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