高校数学における二次関数の指導に関する研究
−教授実験によるシェマの構成過程をもとに−

教科・領域教育専攻 自然系コース(数学)

佐藤徳顕


1.本論文の目的
 一般に高校数学は,教師主導の授業形態が中心であり,生徒は受け身的に授業に参 加している。このような授業形態では,生徒が断片的に知識を記憶するだけで,教師 は,既有の知識をもとに体系的に知識の構成を行う手助けを行っているとはいえない。 このような問題点を解決するためには,生徒の既有の知識をもとにした指導過程が重 要である。筆者は,これらの問題意識から以下のことを本論文の目的とした。
2.本論文の概要
 第1章では,関数の先行研究を考察した。これらの多くは,指導面に焦点をあてた ものであり,生徒の思考に焦点をあてたものはほとんどない。また,対象は,小・中 学校が中心であり,関数が活用される高等学校が対象となったものは皆無に近いこと を指摘した。そこで,本論文では,高校の二次関数の学習場面を対象とし,生徒の思 考過程に焦点をあてて研究を行うという立場を明確にした。
 第2章では,グラフ的表現とシェマの構成過程に関して考察した。グラフ的表現の 役割と可能性をE.P.Goldenberg(1988)から得た。そこで,本論文では,従来の式中心 の学習場面に対して,グラフ中心の学習場面を設定した。筆者は,グラフ的表現の役 割と可能性は,式では捉えにくい関数の特徴を視覚的に捉えることができるものとし た。また,生徒の学習場面を考察していく際の生徒のシェマの構成過程をR.R.スケ ンプ(1992)に求めた。R.R.スケンプは,シェマの構成過程を3つの様式において, 構築と検証という関係で表している。様式1は,物理的世界を対象とした経験と実験 である。様式2は,他人のシェマとのコミュニケーションとディスカッションである。 様式3は,既有のシェマに対する創造性と内的整合性である。これらをもとに,筆者 は,問題解決過程における生徒の関数の表現形式とシェマの構成過程を想定した。こ の過程は,未習の二次関数のグラフを描き,グラフの考察から表や式との読み替えを 通して,既習のシェマをもとに新たな数学的シェマを構成する過程である。
 第3章では,本論文の研究方法の根幹である教授実験について考察した。教授実験 の原理は,M.A.Simon(1995)に従った。M.A.Simonは,教授実験の視点として, challenge,decision,interactionの3点を挙げている。筆者は,この3つの概念を 通して,教師の意思決定,生徒の活動,活動から推測されるシェマ,シェマに対する 新たな意思決定を考察し,想定した。そして,想定した組織をもとに,実際の教授実 験を公立高校の生徒2名を対象として行った。
 第4章では,教授実験から得られた指導の可能性について考察した。教授実験は, 未習である二次関数の式を提示しグラフを描くことで始めた。関数式は,y=2x2 −4x−1である。式から表を作りグラフを描くことを確認した後,コンピュータ上 でグラフを描いて考察する活動に移った。
 教授実験を通して生徒は,グラフから関数の特徴を読み,表の数値や式の係数を考 察する活動を行うことになった。筆者は,関数表現の読み替えの活動を通して,生徒 が既有のシェマを活用して新たな数学的シェマを構成する過程を明らかにした。
 1点目は,係数を調節するシェマである。生徒は,問題の式の係数2,−4,−1 の数値を調節し,同じグラフを描こうとした。このときの調節は,3つの数値の総和 が等しくなるように計算をして別の数値を適応させるというものであった。生徒は, 係数が異なっていても,もとのグラフと重なるグラフを描けるとして解決を図ろうと した。そして,多数のグラフを描く過程を通して,y=2x2−4x−1のグラフは ひとつであるというシェマを構成した。
 2点目は,x2の係数がグラフの開き具合を決定するシェマである。生徒は,グラ フが移動したとき,係数を調節するシェマをもっていた。グラフを平行移動する際に, 式を確認する活動を通して,x2の係数のみが変化しないことを捉えた。そして,画 面上でグラフを移動させ,ふたつのグラフを直接重ね合わせる際,x2の係数が等し いときグラフはぴったり重なることを視覚的に捉えた。また,生徒はx2の係数を変 化させたとき,グラフの開き具合が明確に変化することに驚きを示した。生徒は,グ ラフをコンピュータ画面上でマウスを用いて平行移動する活動を通して,シェマを構 成した。
 3点目は,グラフの捉え方に関する視覚的なシェマである。生徒はグラフ上に現れ る二次関数の特徴に関して,具体的な数値や言葉では示せなくても,視覚的に示すこ とはできた。ひとつは,頂点や対称軸を“ここ"とか“ここのところ"と言って示すこ とができたことである。他のひとつは,グラフの開き具合を“幅"として捉えていた ことである。生徒は幅を頂点からの高さに対する対称軸からの距離として捉えていた。 幅は,ふたつのグラフを比較するときや,グラフと式との関連付けを図る際に用いら れた。
 教授実験は,想定していた教師のchallenge,decisionに対してのinteractionにお ける生徒の活動から,次のchallenge,decisionを適宜変化させる活動となった。想 定していた教授実験の組織を変化させていく過程において,指導への示唆がひとつず つ明らかになった。このように実践場面に対する研究方法として,教授実験は有効で あることがわかった。
 教授実験の過程において生徒は,グラフに強く現れる対称性に影響されている。そ こで筆者は,対称性に基づき,グラフの考察を中心として,関数の表現の読み替えを 重視した指導過程を改めて想定した。

3.まとめと今後の課題
 教授実験の考察から,以下の示唆が得られた。

 今後の課題は,今回の教授実験の考察から得られた新たなchallengeに基づいた二 次関数の指導過程を検証していくことである。

指導  熊谷 光一


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