イメージ図式をもとにした微分・積分の指導に関する考察
教科・領域教育専攻自然系コース(数学)
佐藤 勉
1.本研究の目的
高校における授業は,精選された内容を知識として与え,問題を解くための計算技術
の習得に偏りがちである。微分・積分を含めたこのような形式的な学習は,「微分って
何,積分って何」という質問に象徴されるように,生徒にとって数学的概念に対する具
体的なイメージを持ちにくいものとしている。
筆者は,微分・積分の学習を通じて生徒に獲得して欲しいイメージとは,どの様なも
のかという疑問を明らかにすることによって,指導への示唆が得られるのではないかと
考えた。
本研究は,筆者が,微分・積分の学習内容を通じて生徒に獲得して欲しいイメージを
追求すること,さらに微分・積分の指導への示唆を得ることを目的とする。
2.本論文の概要
第1章においては,佐伯(1980)の「分かること」に対するイメージの関与につい
て,イメージは探求の出発点となり,頭の中に内在的モデルを作ることで知識の再構成
を行うという働きを持つという知見を得た。そして,イメージを利用した微積分学の基
本定理の理解に関するThompson(1994)の研究から,微分と積分を結ぶためにaccrual
と
accumulationという構造をもった割合のイメージが有効であること,微積分で取り扱う
量は,乗法的構成量であること,さらに指導事例においては,繰り返し現れるパターン
をイメージできるような事例を展開することが有効であるという示唆を得た。
第2章においては,ジョンソン(1991)の研究から,人間の経験と理解を構造化し組
織化する上で「イメージ図式」が重要な役割を果たしているという知見を得た。筆者
は,本研究で数学的概念をイメージで表現する視点としての「イメージ図式」を次のよ
うに定義した。
イメージ図式とは,身体の経験,対象の操作,知覚的相互作用に繰り返し現れる運動
のパターンである。
そして,筆者は数学的概念に対してイメージだけに頼ることへの不確かさから,身体
的経験から生まれる素朴な運動のパターンである「イメージ図式」だけでは数学的概念
を十分に表現することが出来ないと捉えた。さらに,数学という学問が一定の形式を思
考の拠り所として発達してきたという特徴を考慮する必要があると捉えた。このことか
ら「イメージ図式」に対して「数学的補強」を設定し次のように定義した。
数学的補強とは,身体的な運動や知覚における新たな運動のパターンを得るための数
学的操作である。
数学的補強は,数学的概念を表すイメージ図式の構造をより明確にし,さらに,イ
メージ図式自身を新たな数学的概念とつながるように発展させる働きを持つ。
筆者は,イメージ図式と数学的補強の関係について,身体的経験<E0>から生まれた
素朴なイメージ図式<I0>に対して数学的補強<M1>を行うことで新たなイメージ図式
<I1>が得られ,さらに数学的補強を繰り返すことで新たなイメージ図式が得られるも
のと捉えた。以上の関係を,次のように図示する。
第3章では,微分の概念に対する筆者の捉えから,微分の概念を有限,無限,関数の
3つに分けて考察を行い,比例の概念を表す「比例のイメージ図式」(図1参照)を基
礎として,有限における「微分・割合のイメージ図式」(図2)と,無限を含んだ「微
分・均質化のイメージ図式」(図3)を次のように表現した。

また導関数を,ある関数の変化をコントロールする関数と捉えた。コントロールという
視点を用いて「微分・割合のイメージ図式」と「微分・均質化のイメージ図式」を捉え
直しを行った。前者は関数の全体について一定の値で増加量をコントロールするものあり,後
者は各値について変化をコントロールするものであると捉えた。このことから導関数のイ
メージ図式として「微分・コントロールのイメージ図式」を「関数の変化に対するコン
トロール」と捉えた。図では関数の全体をコントロールする図2と,各値をコントロー
ルする図3を重ね合わせることで関数の変化に対するコントロールという側面を表現し
た。
次に,積分の概念に対する筆者の捉えから,定積分と不定積分の2つに分けて考察を
行い,「面積を測るイメージ図式」を基礎として,「定積分のイメージ図式」を次の
ように表現した。
定積分のイメージ図式 「分割する・加える」
「上から下から覆う・限りなく細かく切る」
また,不定積分の関数としての側面を表す「積分・コントロールのイメージ図式」を
「関数にコントロールされて累積した結果」と表現した。
最後に,Thompsonのaccrualとaccumulationという構造を取り入れた割合のイメージ
と
乗法的構成量というアイデアをもとに,微分と積分が関数に対して互いに「コントロー
ル」という関係で結ばれているという捉えから,微分と積分を結ぶための「微分と積分
を結ぶイメージ図式」を「乗法的に構成された累積に対して、accrual と accumulation、
コントロールという関係で変化を捉えること」と表現した。
3.まとめと今後の課題
微分・積分の指導への示唆として,イメージ図式に対する考察を通じて,イメージ図
式に対して,数学的構造を運動のパターンとして補強することの重要性が明らかになっ
た。
今後の課題としては,指導への示唆を踏まえ,実際の授業において,微分・積分のイ
メージ図式を生かした指導を考察し実践することである。
指 導 熊谷 光一
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