証明問題の解決活動における作図ツールの役割についての研究
福沢俊之
1.研究の目的
中学校の数学において、図形の論証は質的にも量的にも重要視されている。それにも拘わらず、苦手意識を持っている生徒、「嫌い」と答える生徒は多い。その原因として筆者は、教職経験と先行研究での指摘から、形式的な面だけを覚えさせている指導があると考えた。そこでこうした状況を改善するためには、「理解を獲得する証明」というG.Hanna氏の証明観に立脚する必要があると考えた。すなわち、証明を通して生徒が場面への理解を深め、結論が成り立つ仕組みを理解するという考え方である。そして場面への理解を深めるためには、問題の条件を保ったまま図形を変形することができ、容易にしかも精密に測定ができる作図ツールが有効であると考えた。
本研究では生徒が作図ツールを扱いながら場面に対する理解を深め、結論が成り立つ仕組みを理解し、証明していく可能性を、生徒の実際の活動の様子を詳細に分析、考察することにより、明らかにしていくことを目的とする。
2. 本研究の概要
第1章では、日本で作図ツールが使われるようになった背景や、作図ツールの1つであるカブリを用いた実践的な先行研究を概観した。その結果、作図ツールによって生徒自身による自由な探究活動が行われていることがわかった。ここで清水氏が述べる’コンピュータは個人にとっての問題やその問題へのアプローチを変える’という観点から先行研究を考察したとき、証明問題の解決過程において、生徒は作図ツールをどのように使って、証明に近づくためのアイディアを見出しているのかは明らかにされていないことがわかった。
第2章では、カブリを生徒の活動を促進させるための道具と捉え、作図ツールを使う個人に焦点をあてた研究について概観した。その結果、カブリの利用について、言及されていない細かい考察が可能になることがわかった。そこで本研究では、カブリを使う解決者(中学生)の活動を詳細に分析、考察することによって、理解の変化を捉え、発見や推測から証明へどのように移行するのかを具体的に示すこととした。
3章では、中学生2名をペアとして、2組について調査を行った。用いたコンピュータ(カブリ)は1台で、3時間のインストラクションを行ったあと、各ペア2題ずつ、問題に取り組んでもらった。解決活動はVTRとATRによって記録し、プロトコルを作成し分析、考察を行った。その結果、生徒は次のようにカブリを活用しながら場面に対する理解を深めていた。
- さまざまなタイプの図を作図する
さまざまなタイプの図を作図し、場面の本質的な構造を解明しようとする意欲や証明に近づくアイディアを見出した。
- ドラッグをする
極端な図から典型的な図にドラッグして変形することで、補助線の意味づけを行った。
測定値から関係を把握する
測定値によって辺や角の相等関係を把握して、考察対象の図形の形を特定した。また特殊な事例を探究した際に、測定値によって把握した関係から、場面に対する問題意識を膨らませ、証明への動機づけとした。
- コマンドを実行しながら作図し、”作図の再現”で作図の手続きを振り返る
コマンドを1つ1つ実行したり、”作図の再現”を実行することによって作図の手続きを反省し、問題の条件を明確に意識した。そしてその条件だけでは説明のつかない本質的な構造に問題意識を持った。
このように生徒がカブリを使って活動を促進している様子を見ることができたが、一方で教師が誘導してしまった場面も見られた。
第4章では、カブリを使って証明に近づくためのアイディアを見つける活動を、生徒が自ら行うために、どのような教師の支援が有効かを探ることを目的として、2回目の調査を行った。形態は1回目の調査と同様であるが、教師の支援の計画として、具体的な介入を階層化して調査に臨んだ。そして行われた教師の全介入について、それが生徒の活動を促進したり場面の本質的な構造に目を向けることに役立ったのかどうかを分析、考察した。その結果、同じ介入であっても、そのときの生徒の状態(持っている情報、理解、図を見ている視点など)に添う形で行うことによって、生徒が自らカブリの機能を利用し、探求活動を継続するよう支援することができた。また介入を組み合わせていくことで、活動を促進したり、関係や場面の本質的な構造に目を向けさせることの可能性を高めることができるという示唆を得た。
- 「どうして(なぜ)そうなるかを問う介入」と「ドラッグを促す介入」
ドラッグをさせて「どうしてそうなるのか」を問うことによって、画面上に見えている場面を解釈した理由ではなく、与えられた条件から「そうなる」仕組み、すなわち場面の本質的な構造に目を向けた気づきや問題意識を引き出すことが可能である。この問題意識が証明への動機づけになっている。
- 「図を見る新たな視点(特殊な事例を考えること)を示す介入」と「ドラッグを促す介入」
特殊な条件を満たす図には特殊な関係が表れる。そこでわずかなドラッグをさせることにより、保たれる関係とそうでない関係が明らかになる。ここで生徒は保たれている関係、すなわち場面の本質的な構造に関わる関係に容易に注目する可能性がある。
3.今後の課題
発見や推測から証明へ移行するために、どのように測定値から離れた説明をするのかを明らかにする必要がある。また介入の組み合わせによる生徒の活動促進の可能性を視野に入れた支援について検討し、カブリを使って生徒が自ら証明活動を促進する場面の特徴づけを行う。
4.主な参考文献
- 垣花京子, 清水克彦. (1994). コンピュータ環境での図形の証明問題における測定の役割. 日本数学教育学会第27回数学教育論文発表会論文集, 499-504.
- Goldenberg, E. P. & Cuoco, A. (1998). What is dynamic geometry? In R. Lehrer & D. Chazan (Eds.), Designing learning environments for developing understanding of geometry and space (pp. 351-367). Mahwah, NJ: Lawrence Erlbaum Associates.
指導 布川和彦
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