効率的な解決を求めることは、算数科において大切なことである。しかし、特に未知の問題に出会った時、対象とのかかわり合いは重要になる(布川,2005)。このことは、TIMSS2003やPISA2003の調査から指摘されている無答率とも関係がある。また、対象とかかわり合うためには、絵や図、式などの算数的な表現が重要になってくる。
そこで、本研究では、子どもが対象とかかわり合いながら問題を解決する過程で、絵や図、式、動作などの算数的な表現がどのように有効にはたらくかを明らかにする。また、この過程で、子どもが自分でかいた算数的な表現をもとに思考を深めていけるような教師の支援のあり方も明らかにする。そうすることで、教師が方向性を定めるのではなく、子どもが自分でかいた算数的な表現をもとに対象とかかわり合い、思考を深めていけるようになると考える。
2.本研究の概要
第1章では、筆者の実践から、対象とのかかわり合いの実際を示し、それによって対象がより鋭角的に見えてくることを指摘した。また、先行研究をもとに、算数的な表現と理解の関係は密接であることを示した。
ただし、表現をしたからといってすぐに理解が深まるとは限らないものの、対象とかかわり合うことで少しずつ情報を入手し、理解を深めていく可能性があることを示した。そこでは、算数的な表現の使用の有無だけではなく、算数的な表現を通して対象とどのようにかかわり合っているかが重要となることも指摘した。
第2章では、算数的な表現を通して対象とどのようにかかわり合っているかをインタビュー形式で調査した菊池(1996)や草野(1997)、廣井(2003)の先行研究を概観した。そして、算数的な表現をすることで問題場面にかかわる機会が増え、情報を得ることが可能になり、子どもは、自分の考えを振り返り、深い追究や新たな解決がしやすくなることを具体的な調査をもとに指摘した。
そして、「対象とのかかわり合い」という視点で子どもの解決過程を見ていくことで、前のかかわりが次のかかわりに進む原動力になっていることがとらえられることを示した。
第3章では、算数的な表現がどのように有効にはたらき、対象とのかかわり合いをさらに誘発しているかを明らかにするインタビュー調査の概要を示した。
第4章では、新潟県公立小学校5年生9名にインタビュー調査を行い、2組の子どもたちの算数的な表現を通した対象とのかかわり合いの様子を詳細に分析した。その結果、算数的な表現のはたらきとして、次の知見を得た。
また、算数的な表現を通して対象とかかわり合うための教師の支援として、次の知見を得た。
3.今後の課題
本研究では、子どもの問題解決過程で、絵や図、式、動作などの算数的な表現がどのように有効にはたらくかを明らかにして、いくつかの示唆を得ることができた。
しかし、本研究で扱った問題は2種類であり、重点的に記述した問題は1種類でしかない。そこから得られる結果は、その問題特有の問題場面に強い影響を受けている。どのような問題に対してもここで得られた算数的な表現のはたらきが通用するとは言い切れない。そのための教師の支援も同様なことが言える。
今後は、さらに実際の様々な問題解決場面において、対象とのかかわり合いを通した算数的な表現のはたらきについて明らかにしていく必要がある。また、今回明らかにした算数的な表現のはたらきを子ども自身がよさとして実感し、それを子ども自らが活用していくにはどうしたらよいかを考えていく必要がある。
主な参考・引用文献
廣井弘敏.(2003).小学5年生に見られる図による問題把握.日本数学教育学会誌, 85 (6),10-19.
菊池光司.(1996).算数・数学の問題解決における図的表現の働きに関する研究.日本数学教育学会誌,78 (12),334-339.
草野 収.(1997).算数における式をよむ活動についての一考察.上越数学教育研究,12, 81-92.
布川和彦.(2005).問題解決過程の研究と学習過程の探求;学習過程臨床という視点に向けて.日本数学教育学会誌,87 (4),22-34.
指導 布川 和彦