算数の授業において
子どもが学習集団との関係を形成していく過程についての研究



大倉 賢治


1.研究の動機と目的
 一人ひとりの子どもが「教室は居心地がよい場所である」と感じてほしい。そのため に,学校生活の大半を占める授業時間において「この学習集団には居心地のよい場所 がある」と感じることができれば,自分の価値を確認することにつながると考えた。 すなわち,子どもの学習集団との関係づくりを見ていけばよいと考えた。ところが, 子どもがこのように感じられるためには,教師としてどのように関わったらよいのか が,具体的にわからないまま時が流れていた。

 これまでの研究で,相互行為に着目し一人の子どもに焦点をあてているものが数多く 見られる。しかし,「一人の子どもの目を通して教師や他の子どもの相互行為をみる 視点が必要。」(中村,印刷中)や「一人一人の学習者がどういうふうな満足感をもっ て授業を終えたかということが見過ごされてしまう。」(市川,2001)などの指摘もあ り,一人の子の目から見た学習集団との関係づくりについて研究する必要性を感じ た。また,そもそも子どもはどのような授業観をもっているのかを調べたところ, 「自分たちで授業をつくりたい」という声が多かった。

  そこで,答えに向かって気持ちを共有し,自分たちで授業をつくることを子どもたち が具体的にイメージしやすいと考える算数の授業を通して,学習集団との関係づくり をその子の視点で,継続的に見ていくことで,子どもの内面にせまれるのではないか と考えた。

2.研究の概要
 第1章ではまず自分たちで授業をつくることの価値について先行研究について考察を 加えた。

 第2章では, Cobbら(1996)の心理的な側面(信念)と社会的な側面(規範)の関係の整 合性が参考になること,そして,そのことを『自分の居場所』と捉え,どのようにし て学習集団に居場所をつくっていくのか,その過程を見ることが示唆を得ることに繋 がることを述べた。

 第3章では,観察の具体を述べた。2学年にまたがり同一の子どもを追うことで,形 成過程がより明らかになると考え,第5学年時に11時間,第6学年に48時間,合計59 時間の観察を行った。授業中の子どもたちの様子は,2台のビデオカメラで記録し た。1台は着目児・浩平君(仮名)を撮り,もう1台は黒板を中心に学習集団内の相互 行為を記録した。筆者は彼の相互行為をメモしながら観察し,必要に応じてその場面 や授業後のインタビューも試みた。そして,観察しながら記したフィールドノーツ, ビデオテープやノートなどのコピーをもとに,観察全59時間分のプロトコールを作成 した。そこには,授業中の発話(教師の発話・指名された子どもの発話・自由意志に よる発話)と共に浩平君の発話,つぶやき,ふるまい,ノートなどへの筆記の様子な ども併せて記入した。

 第4章では,第5学年時のデータを分析・考察し,そこから「コミュニケーション活 動にかかわる浩平君の授業観」と「浩平君の目から見た教室文化の規範(社会的規範 ・社会数学的規範)」を抽出し,第6学年の学習集団との形成過程に入る前の状態を 把握した。

 第5章で,「学習集団に受け入れられたと感じているか」「教室文化の規範に違和感 を覚えているか」の2視点を判断基準とし,彼の「自分の居場所」をつくっていく過 程にせまった。

 進級し,学習集団のメンバーや担任が替わった算数の授業に,彼は第5学年時の教室 文化の規範や自分の主張を貫こうとする姿勢をそのまま持ち込もうとする。反応の異 なる学習集団に違和感を覚え,前年度の教室文化はあたり前のことではないことに気 づく。そこで,話し合いが成立しみんなでつくる授業に近づき,自分が注目されるに は,「ぼく」が率先して行動すればいいと考え,自分の存在を意識しながらふるま い,自分の居場所を確保しようとする。

 しかし,なかなか学習集団に受け入れられないため,前年度のような自分たちでつく る授業をしていくことに限界を感じる。ところが,次第に学習集団の様子に自分から 目を向け始めていく。一方で,教室文化の規範に合わせる形でふるまうようになって しまう。ところが,友達の学習集団への疑問の投げかけや友達が自分の考えに関連し た発言をしたことを機に,「話し合いは,自分一人だけがんばっても成立せず,役割 分担をして,みんなでつくっていくものだ」と実感し始める。そして,自分が裏方に まわり「ぼくが支える側にまわる。」「授業をつくる役目にまわる。」など,友達の 存在を意識し,今までとふるまい方を変えることで自分の居場所を確保するようにな る。ところが,友達に任せながらも「自分」が中心となり,学習集団に疑問を投げか けたり,説明をしたりするようになる。

 そして再び,学習集団に対し不安な気持ちをもつ出来事が生じるが,自分たちで授業 をつくろうとして行動を始めた友達に喜びを感じる。同時に自分の行為が友達や担任 に受け入れられていることも感じていく。それらを機に,友達にさらなる期待と要求 をするようになる。この段階では友達の存在を認めつつ,自分の存在価値を意識して いるといえる。そして,自分を含めた学習集団の全員で授業をつくるという教室文化 の規範がつくられ,共有されることを期待する。このような過程を経て,『自分と友 達の存在価値を認める関係にこそ自分の真の居場所がある』と考えるようになる。

 浩平君が学習集団との関係を試行錯誤しながら形成していく過程で感じた「不安」 「喜び」「あきらめ」「期待」などをもとにして,さらに自分の居場所を求めていく ことが「浩平君の学習集団との関係を意識した,彼の授業観の変容」と「学習集団と の関係づくりを通して意識した,自他のかかわりの変容」に繋がったのである。

3.まとめ
 浩平君の学習集団との関係づくりの過程は,子どもは,自他の存在を認める関係の中 にこそ「自分の真の居場所」を感じ,それは友達や教師が与えてつくられるものでは なく,子ども自らがつくっていくものであることを示した。

 よって,その子どもなりの居場所を自らの手でつくっていこうとするありのままの姿 を支援し続けていくことが我々教師にできることだと考える。

4.主な参考文献
中村光一. (印刷中). 算数の授業における相互行為と学習:一人の子どもの視点から . 算数・数学教育の新世紀. 東洋館出版社.

指導 布川 和彦


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