本研究では,論証への接続を促す内容として,合同を,論証の初期的な学習内容として位置づける。その上で,合同の学習が中学校数学の図形領域における論証への接続を促す学習内容となる可能性を示すことを目的とした。このように,合同の学習について詳しく調べることによって,論証指導に新たな指導の示唆を加えることが出来,小中の図形指導がより連携の取れた明確なものとなると考えられる。
2. 本研究の概要
第1章では,先行研究及び生徒の活動を分析する合同の思考水準について述べた。これまでの論証の接続に関する先行研究は,そのほとんどが図形の対象概念の理解や論証の意義を持たせることについて論じられており,合同の学習を論証の接続としているものはほとんどない。このことから,生徒の合同の理解過程を分析する枠組みの必要性について指摘した。そこで,合同の理解過程を分析する枠組みとして,従来図形の対象概念の発達過程とされていたvan Hieleの思考水準論を,関係概念の合同にも適用させ,布川(1992)の述べるvan Hieleの思考水準論「対象の認識の変化」を参考にして,合同の思考水準を定めた。調査では,合同の性質を豊かにし,それによって,生徒の合同の思考水準が高次な第2水準に移行することを論証への接続のねらいとして設定した。
第2章では,調査の概要,調査対象とした生徒の様子及び生徒が解く問題について述べた。調査は,N県公立中学校2年生2名(隆と和久)に対して,平成19年5月21日から6月4日の計7時間実施した。その調査によって得られたビデオ記録とプロトコル及び生徒の記述したプリントを分析の対象とした。調査問題は,合同の問題を18問,van Hieleの5つの授業段階(phase)を応用して,構成・配列した。
第3章では,調査7時間における隆と和久の合同の思考水準を示した。調査初期における隆と和久の合同理解の実態は,視覚的なイメージによる第1水準の認識であった。さらに,問題によっては回転移動した図形を合同と判断することが出来ないということが,生徒の合同の認識における問題点であった。このようなこともあり,生徒の合同の思考水準はなかなか移行しなかった。しかし,そのような実態にあった生徒が,徐々に合同の性質や図形の構成要素に着目していくようになり,一群の性質を持つ形としての合同の認識へと変わっていった。すなわち,生徒は第2水準へ移行することが出来た。特に,その第2水準への移行は,合同な図形と合同でない図形の分類活動による問題が有効であったと考えられる。その時の和久の変化を述べると,問題解決の初期段階においては,合同とならない理由を視覚的な判断による漠然とした大きさの違いしか述べられなかったが,問題解決後には,構成要素の辺や角度の違いから合同とならない理由を述べることが出来るようになっていった。調査後半には,合同の性質の関係網が豊かになり,合同の十分条件としての役割を果たす命題を見出せる高次な第2水準に到達した。その結果,生徒は,自分なりの新たな証明を構成することが出来るようになった。つまり,合同の学習によって,自然と論証への接続が行われた。
最後に,合同の授業における生徒の問題の解決過程及び合同の理解過程を総合的に考察することから得られた知見について述べた。
3. 今後の課題
本研究において,合同の学習が論証への接続に関して有用な学習内容であるという可能性を示すことが出来た。しかし,生徒の構成した証明を見ると,合同の十分条件としての命題を単純化・簡略化することが出来たわけではない。これらについて,改善の手立てを見出す必要がある。さらに,今後,小中連携の取れた系統だった図形指導を構成し,検討・実践することが本研究の課題である。
4. 主な参考文献
指導 布川和彦