高等学校数学における離散数学の教材化の意義に関する研究
教科・領域教育専攻自然系(数学)コース
熊澤和敏
1.研究の目的・方法
筆者は,コンピュータが高等学校現場に配置されたことをきっかけに,
数学教育においてコンピュータを情報科学(コンピュータ科学)との関連から,
いかに有効に機能させていくかという課題に取り組んでいる。現場の実態としては,
現行学習指導要領の範囲内でどのようにコンピュータを扱うかの方法論に関心が集まり
,情報科学との関連で,数学教育の内容論,方法論を考えることが少ないと認識してい
る。Ralston(1981),やICMI Study Series(三輪辰郎監訳)(1988)で主張されているよ
うに,コンピュータ科学は,高度に数学的な学問であり,コンピュータ科学で取り扱う
問題は,連続数学というよりは,離散数学の道具をほぼ全域にわたって必要としている
ことから,離散数学についての関心が近年非常に高まってきている。
以上のことを踏まえ,離散数学が数学と情報科学の中間位置にあることから,有限離散
を純理論的に研究する数学と情報科学の基礎としての数学という二面性を経験できる教
材として,
明確な位置づけを行うため,本研究を取り上げる。本研究の目的を次のように設定する
。[研究目的 高等学校数学における離散数学の教材化の意義を明確にする。]
研究の方法としては,Dossey(1991)の考えたカリキュラムの項目を参考にし,高等学校
数学における
離散数学の目標,内容を設定する。更に,設定した内容の中からグラフ理論の経路問題
を取り上げ,
マイクロティーチングから教材を分析する。
2.論文の構成
序章 高等学校数学の現状と本論文の意図
第1章 離散数学の一般的特徴と基本的な考え
第1節 離散数学の一般的特徴
第2節 離散数学の基本的な考え
第2章 高等学校数学における離散数学の教材化の意義と内容
第1節 離散数学の教材化の意義
第2節 離散数学の内容
第3節 高等学校学習指導要領との対比
第3章 高等学校数学における離散数学の学習指導
第1節 離散数学の教材化の視点
第2節 漸化式,ナップザック,最短路問題の事例
第3節 グラフ理論における経路問題の学習指導例
第4節 数学教育に対する本研究の示唆
終章 まとめと今後の課題
3.論文の概要
第1章では,離散数学の一般的特徴と基本的な考えを概観し,離散数学を以下のよう
に捉えた。
離散数学は,separate(他と分離される)またはdiscontinuous(不連続な)部分に分
け
うる対象や
対象を数学化するアイディアの考察を中核に持つ数学である。離散数学の特質として,
次の2つをあげる。
第2章では,高等学校数学における離散数学の教材化の意義を明確にした。Dossey(1
991)は,
離散数学の教材化の意義を,「情報科学との親密性だけでなく,離散数学で扱う理論が
,数学的にも,価値のあること」と述べている。筆者も,離散数学の教育的意義を,Do
sseyが
述べている二面性に求め,以下のように位置づけた。
- 有限離散の表現,関係,演算,配置等を純理論的に考察する数学としての教材
- コンピュータの道具としての有効性を経験する教材
また,教材化の意義をもとに,高等学校数学における離散数学の指導目標,内容を設定
した。
離散数学の指導目標として以下のものを提案した。
基礎的な考え方についての指導目標
- 簡単なアルゴリズムを開発・分析できる。
- 簡単な離散構造を持つ場面について,数学的モデルを創造・操作・解釈できる。
- 数え上げや確率問題を解決できる。
応用場面を処理する考え方についての指導目標
- 問題状況から関係を捉え,グラフ,行列,数列などの離散構造を用いて表現・分析で
きる。
- 数列問題を解くことができる。
- 行列や漸化式を用いて問題を表現したり,解決できる。
- コンピュータを利用し,アルゴリズムを検証・開発・分析できる。
第3章では,第2章で設定した離散数学の事例について分析した。また,グラフ理論
の経路問題を
取り上げ,本学の大学院生に対し,マイクロティーチングを試みた。このマイクロティ
ーチングから,
離散数学の教材化の意義として次の4点を見いだした。
- 状況を離散構造を用いて表わそうとする活動を通して,モデリングの可能性を把握で
きる。
これはコンピュータを使えるよう状況を構造化するのみでなく,数学を創造的に理解
する契機
となる。
- 経路問題を行列で表現することから,経路問題の一般化や大量データを扱う可能性を
追求できる。
- いろいろなアルゴリズムに着目する可能性がある。
- 離散数学教材は,数学が使われる場面の具体化,並びに,コンピュータという道具の
有効性に対する経験を促進する。
4.今後の課題
離散数学を構成する他のセクションについて具体的な課題を作り,教材の有効性を明ら
かにする。
また,実際の高校生を対象に授業を実践し,実態を調査する。更に,長期的な視点で,
離散数学と連続数学のバランスを考えた高等学校数学の内容を考えることが課題である
。主要引用・参考文献
- Dossey,J.A.(1991). Discrete Mathematics: The Math for Our Time. Discrete Mathe
matics across the Curriculum, K-12 (pp.1-9)}, 1991 Yearbook of the
NCTM.
- National Council of Teachers of Mathematics( 1989 ) . Curriculum and Evaluatio
n Standards for School Mathematics , NCTM .
指導 森田俊雄
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