metaphor

Using Metaphors to Understand and Solve Arithmetic Problems:
Novices and Experts Working With Negative Numbers

By Ming Ming Chiu

(Mathematical Thinking and Learning, 3 (2 & 3), 93-124. 2001年)
(補助資料:http://tcct.soe.purdue.edu/books_and_journals/mtl_journal/

 題名には文章題を理解し解くためのメタファー(隠喩)の利用とあるが、実際には、文章題の中で2数の計算を行う際、および計算を確かめたり正当化する際にメタファーがどのように用いられるかが調べられている。例えば「算術とは道に沿った動きである」というメタファーを持っていると、数は原点に対する位置として、演算はその道に沿った動きとして捉えられることになる。本稿の課題は、エキスパートは初心者と同じメタファーを使い続けるであろうか、ということである。例えば、学習の初期においては数を動きとして理解していても、学習が進むにつれて動きの面は捨てられてなくなるとする意見もあれば、中心的な数学的アイデアを理解するためには必ずメタファーが使われなければならないとする意見もある(レイコフら)、とChiu氏は述べている。また、エキスパートがメタファーを使うとした場合、どのような使い方をするかという疑問も残る。本稿はこれらの課題に取り組んでいる。

 これに取り組むにあたり、12人の子ども(12〜13歳)と12人の大人(18〜25歳;数学や工学の大学生あるいは大学院生)に対してインタビュー形式で問題を解いてもらっている。子どもたちは、6週間前に負の数を学んだばかりの7年生であった。解決課題は金、銀、白金、銅の取り引きの場面である。第1の課題は、その日の買った量/売った量と単位量当たりの値上がり/値下がりが提示された表を見て、その日の儲け/損を計算するものである。第2の課題は、表の中の1つの数を5だけ変えて(つまり+5あるいは−5をする)、儲かるようにするというものであった。理解課題は以下の計算をどのように理解している(make sense of)かを問うものであった;−5+8、−4−6、7−(−2)、−2×3、−7×−4、−8÷−4。

 問題の中で面白いのは負の数×負の数に当たる説明である。例えばある日に白金を40オンス売ったとき、これを−40を表し、次の日に白金の値が1オンス当たり1ドル下がったとすると、これを−1で表す。するとその時、次の日に売るより前に日に売っていたことで40ドル儲かったことになるので、(−40)×(−1)=40になる、といった考え方が説明文の中でなされている。

 論文ではインタビューの記録を量的に分析し統計的に処理した結果と、1名の初心者と1名のエキスパートのインタビューの様子を質的に考察した結果が載せられている。量的な分析の結果としては次のことが述べられている:(1) 初心者もエキスパートも似たようなメタファーを用いていた;(2) 初心者が解決課題でより頻繁にメタファーを用いたのに対し、エキスパートは理解課題でより多くのメタファーを利用した;(3) 初心者もエキスパートもメタファーを用いた方が計算の正確さは増した;(4) 初心者がメタファーを用いると計算は他の方法の時よりも遅くなる。

 初心者ニナの解決課題のインタビューでは、−70+40=30としてしまった後、自分で訂正をしていく際に動きのメタファーが観察されている。彼女が「全部までは行かない(I haven't gone all the way up yet)」と発話したり、手を目の高さで水平にあげてそれを越えるような仕草をしたことから、このメタファー用いられたとされている。また彼女は−150は大きいので5位増えても「消し去ってしまう(wipe out)」とか、−40と40だと互いに「消し去る」といった表現をするが、これはモノのメタファー(数は山積みのモノとされる)として解釈されている。理解課題の負数を含む加減ではニナは−10から10までを縦に並べた数の列を用い、そこでの移動として計算を説明している。ただし−1|1のように0はなく、代わりに線が正と負の区切りになっている。そのため、−4−6では正答しているが、−5+8では答えが4となってしまっている。一方で7−(−2)については7−2=5だから−5としている。負数の乗除ではメタファーは用いられず、計算規則に基づく説明がなされている。

 エキスパートのエヴァについては、解決課題の第2の課題において、10−(−40)を30と言いかけて「違う、0のラインを越えるわ」という発言があり、さらに数直線を書いてこれを説明した。これは動きのメタファーを示すものといえよう。ただしその結果(50)を正当化するよう求められると、エヴァは計算規則によりこれを正当化している。この第2の課題(儲かるように数値を5だけ変える)について、子どもたちがどこかの数値を変えたときの全体の損得を考える傾向にあったのに対し、大人はより少ない計算で済むよう問題を分析したとされる。エヴァの場合も、もとのデータだと「70の損なので、それを埋め合わせなくちゃいけない」として目標設定をしている。これは社会的取り引きのメタファーとされ、メタファーを用いて目標設定がされたとChiu氏は述べている。理解課題では、−5+8については計算規則の他に、取り引きのメタファー、動きのメタファー、モノのメタファーなど複数のメタファーにより説明がなされている。また、−2×3では取り引きのメタファー(2ドルずつ3人から借金)が用いられた。一方で、7−(−2)では二つのマイナス記号が合体してプラスになるという説明がされ、また−7×−4、−8÷−4では計算規則による説明がなされた。

 以上の結果を踏まえてChiu氏は次のようにまとめている。初心者とエキスパートでは同じメタファーを用いており、これらのメタファーは理論の本質をなすメタファー(theory-constitutive metaphor)であるとしている。ただし、両者の利用の仕方には違いがある。困難に直面したときにメタファーが用いられることが多いので、結果として困難に直面する頻度の高い初心者でメタファーが多用されることになる。エキスパートでは多様なメタファーが用いられ、メタファーから多くの推論が引き出され、一方でメタファーの細部には触れない。エキスパートはメタファーを用いて答えを正当化するなどはせず、アイデアを結びつけるのに用いる。

 本稿の結果はメタファーが単に導入時の手段ではなく、理解の根本を支えることを示そうとしているように思われる。しかし一方で、我々数学の教師が人に説明するときはメタファーに基づく説明をあえてする場合の多いことを考えると、今回のエキスパートの結果についてはさらに調べてみる必要があるのではないかと感じた。なお、本論文の最後には数、算術、線分、集合などに関わるメタファーのリストがあり、数をあるメタファーとして見ると他の計算等がどのようなメタファーになるかが関連づけてまとめられている。メタファーを具体的に考える上で役に立つ。

 なお、こうした数学の学習における比喩の話については、例えば以下の文献でも読めます。
関口靖広. (2002). 中学校数学の授業に現れる認知モデルの分析:一次方程式について. 日本数学教育学会第35回数学教育論文発表会論文集, 175-180. 鳥取大学.


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