Before It's Too Late
By The National Commision on Mathematics and Science Teaching for the 21st Century
(http://www.ed.gov/americacounts/glenn/)
この「手後れになる前に」は、21世紀の数学及び科学教育についての全米委員会が2000年9月27日付けで出された50ページほどのレポートである。委員会は人類が月に降り立ってから30周年にあたる99年7月20日に招集され、宇宙飛行士であり上院議員であるジョン・グレン氏を委員長に、教師、大学長、知事、教育省長官、科学アカデミー会長など33名からなる。
レポートの前書きはまず、次のような文章から始まっている:「第一に、この新しい世紀と千年紀の夜明けにおいて、我が国および国民の幸福は、一般に子どもをいかによく教育するかに依存するだけでなく、特に数学と科学において彼らをいかによく教育するかに依存していると、本委員会は確信している。」こうしたことは、急速に進む経済のグローバル化や情報テクノロジーの発達とももちろん関わっているし、次の世代が予期せぬ問題を解決し夢を夢見るために必要とされる知識の中心部分として数学や科学がある、ということにも関わっている。後の方(p.12)では具体的には次の4点があげられている。
- 経済や職場を変革していく必要性。
- 民主主義が高度に教育を受けた市民を常に必要とすること。
- 数学と科学が国家のセキュリティの利害に密接に結びついていること。
- 数学的知識や科学的知識の深い価値(世界の調和を示す、生涯学習の基礎、歴史や文化を形作る、世界を理解するツール等)。
ここでは、子どもたちが国を形成するような決定をするときになって、問題に対処するのに必要な数学的あるいは科学的ツールを彼らが身につけているか、と考えている。そのための手を打つために動き出すべき時期が来ているのであり、手後れになる前に (Before It's Too Late) アクションを起こそうと呼びかけている。
レポートが示す現状分析は、教室の質の問題にかなりの注意が向けられている。数学や科学についての教育をほとんど受けていない教師が、かなりの割合で数学や科学を教えているという米国の現状を反映している。その結果、数学や科学の授業において探求を行うことがなくなっている。ものの名前を覚えたり手続きの練習をすることだけに時間が費やされ、「なぜ」や「なぜ注意を払うべきか」を問うことが不足している。そのため、こうしたクラスでは今日必要とされる概念的なものや問題解決スキルを獲得することが難しいと憂慮している。
その解決策としてこのレポートにおいては、教授活動そのものの重要性が指摘されている。そして、この問題に関する手だてとして次のような3つのゴールがあげられている。
(1)数学と科学の教授活動(teaching)の質を向上させるようなシステムの確立;
(2)数学と科学の教師の相当数の増加と彼らのための準備の質の向上;
(3)数学と科学の教師の職場環境の改善と職業を魅力的なものにすること。
続く「実行についての要約」では、様々な方面の努力を数学及び科学教育に結集するような国家的な反応の必要性や、実行に当たり年間50億ドルが必要とされるであろうことが述べられた後で、上記の(1)〜(3)について、より具体的な方策が提案されている。
(1)に関わって
- 各州がすぐにニーズの評価に着手し、高い質の教授活動をするのに、学校および職業生活において教師が必要としているもの(あるいは足りないもの)を決定する。
- 見出された専門性発達(professional development)のニーズを知らせるために、夏期講習を設定する。
- 教師が教科の知識や教授の技能を気軽に豊かにすることができるよう、地域の探求グループを作る。
- 夏期講習や探求グループの促進者を準備するために、リーダー・トレーニングが必要とされる。
- 数学及び科学教育についての拡大しつつある知識ベースを利用したり、そこに貢献できるよう、インターネットが教師に利用できるよう整備する。
- 上記のイニシアティブを結集したり、達成状況を評価するために、非政府的なコーディネートの会が必要とされる。
- 模範的な専門性の発達を支援し、専門としての教授活動をより魅力的にするために、州や地域は報償や動機づけのプログラムを開始すべきである。
なお後での説明(p.18)によると「専門性発達」とは、教師が次のようなことができるのを支援する教育的改善プロセスとされている:(a)教科の知識を深める;(b)教室における教授スキルを磨く;(c)自分の領域や教育一般における発展についていける;(d)自分の職業に対して新たな知識を産み出す;(e)生徒に建設的なフィードバックをしたり自らの教授を適切に修正できるよう、生徒の状態をモニターする能力を高める。
またこうした教師の資質向上に関わり、校長や教育委員会が、教師が準備をしたり共同で作業するのに必要な時間やリソースを確実に持てるようにする、ということがあげられているのも興味深い。
(2)に関わって
- 教師教育の模範的モデルを見出し、その成功が広く模倣されるようにする。
- ハイスクールや大学の学生、最近の卒業生、職業人の中から、教育職への質の高い候補者を招き入れるような方法を見出す。
- 15の数学・科学教育アカデミーを作り、年間3000人のアカデミー・フェローを教育する。彼らは数学あるいは科学の効果的な教授方法についての1年間の集中的なコースを受ける。
(3)に関わって
- 初任者の数学および科学の教師が職業に慣れるのを助け、助言者とのフォーマルな関係を作り、探求グループに導きいれるために、焦点化された導入プログラムが必要とされる。
- 地域とビジネス界の協力関係を築き、教師のための専門的な職場環境を作る幅広い試みを支援する。こうした試みは、教材や資料、施設、設備、助言者のための財政的支援を提供することで、教授の質を高める。
- 優秀な数学や科学の教師がその職に留まりその技能を高めるのを促すために、各種の動機づけが必要とされる(金銭的報償、昇給、さらに教育を受けるための支援、コミュニティ全体からの感謝等々)。
- 全ての教師の給与を他の対応する職業に相当するものにする。特に数学と科学の教師はその受けてきた教育や技能から見て、高い給与でしかるべきである。
なおこれに関わって別の箇所(p.23)では、自分の分野や教授方法についての新たな発展に触れるための時間、あるいは自分の教授活動を振り返るため時間やフィードバックが教師に与えられるべきであるとも述べられている。
この節の最後では、全てのアメリカ人に対して、数学及び科学教育についての自分の意見を政策決定者に述べるという個人的な責任を果たすこと、自分のコミュニティにおいて本レポートで述べる方策を実行するイニシアティブをとることを求めている。
これ以降(p.10以降)では、上のような内容がさらに詳しく述べられている。その中で質の高い教授活動についての説明があるので見ておこう。
- 教授の能力は生まれつきのものではなく、学習によってのみ獲得される。
- 質の高い教授は、教師が教科についての深い知識を持っていることを要求する。
- 質の高い教授では探求過程がその中心となり、いかに学ぶかについても教授することになる。
- 質の高い教授では、観察や情報収集、分類、予測、検証といったことに焦点が当てられ、新たな可能性を試したり、可能な説明を試みることが促される。
- 質の高い教授では健全な懐疑を促す。
- 質の高い教授では生徒の学習スタイルや能力の違いを認め、それに基づく。生徒は一人の人間として最大限敬意を払われ、弱点を撲滅するというよりも長所から伸ばしていく。
- 質の高い教授は、カリキュラム、評価、生徒の学習に対する高い標準に対する配慮やそれらの配列に基礎を置いている。
- 質の高い教授は制度的な支援により常に改善されなければならない。
- 質の高い教授の効果はそれを受けた生徒の成績や達成度(performance and achievement)により評価される。
この後半の部分 (p. 10以降)で興味深いのは、3つのゴールに対する方策のそれぞれについて、各種の立場の人々がどのような役割を果たすべきかについても明記されていることである。連邦政府、地方行政、ビジネス界、教育委員会、校長、保護者組織、カリキュラムやソフトウェア開発者、高等教育機関等々ができることが、具体的にあげられている。
こうした方針はレポートの最後にある「あなたに何ができるか?」リスト (pp. 38-41) と「初年度費用の見積もり」(p. 42) にもみられる。前者には、教育委員会、校長、教師、保護者、州、高等教育機関、ビジネス界の7つのリストが載せられており、また後者の見積もりでも連邦、州・地方、ビジネス界、住民の4つの項目に分けて、それぞれに期待される金額が記入されている。
この報告書を読んでみて、以下のような特徴を感じた。
- 数学と科学の教育を考えるに当たり、(その善し悪しはともかく)国の将来との関わりで論じられている。同時に国全体で取り組むべきものと考えられている。
- 数学と科学の教育を改善するための主要な目標として、質の高い教師の確保や教師の職場環境や待遇の改善をあげている。
- いろいろな立場の人々について、それぞれの責任やとるべき行動を具体的に記述している。
書かれている内容だけでなく、こうした諸特徴についても、我が国の類似の報告書と比べてみるのも面白いのではないだろうか。
Glenn氏は、第二次世界大戦に戦闘機パイロット、戦後に米陸海軍のテストパイロットを務め,'57年にロサンゼルスとニューヨーク間を4時間以内で飛んで米国大陸横断の最短飛行記録を達成。その後NASAに志願して「Mercury Space Program」の初の宇宙飛行士の1人となった。'60年代半ばにNASAを辞めて政治家を目指し,現在は米上院議員。98年10月のディスカバリーへの乗り組みは、最高齢者の宇宙飛行として取り上げられた。[元に戻る]
委員会のメンバーの以下の通り
- John Glenn:Commission Chairman
- Deborah Loewenberg Ball:Arthur F. Thurnau Professor of Mathematics Education and Teacher Education, University of Michigan
- Craig R. Barrett:President and CEO, Intel Corporation
- Diane J. Briars:Mathematics Director, Pittsburgh Public Schools
- Cynthia Moore Chestnut:State Representative, Florida
- Sandra Feldman:President, American Federation of Teachers
- James E. Geringer:Governor, Wyoming
- Javier Gonzalez:Mathematics Teacher, Pioneer High School (CA)
- Jerilyn Grignon:Technology Instructor, Menominee Indian Junior High School (WI)
- Jeffrey Himmelstein:Adjunct Professor of Biology, William Patterson University (NJ)
- Rush Holt:U.S. Representative, New Jersey
- Iris T. Metts:Superintendent, Prince Georgeユs County Public Schools (MD)
- James B. Hunt Jr.:Governor, North Carolina
- James M. Jeffords:U.S. Senator, Vermont
- Anne Jolly:Science Teacher/Professional Development Coordinator,Cranford Burns Middle School (AL)
- Nancy Keenan:Superintendent of Public Instruction,Montana Office of Public Instruction
- Edward M. Kennedy:U.S. Senator, Massachusetts
- Paul Kimmelman:Superintendent, West Northfield School District No. 31 (IL)
- William E. Kirwan:President, The Ohio State University
- Maria Alicia Lopez-Freeman:Executive Director, California Science Project
- Walter E. Massey:President, Morehouse College
- Connie Morella:U.S. Representative, Maryland
- Edward B. Rust, Jr.:Chairman and CEO, State Farm Mutual Automobile Insurance Company
- Chang-Lin Tien:University Professor and NEC Distinguished Professor of Engineering, University of California Berkeley
- Dennis Van Roekel:Secretary-Treasurer, National Education Association
- Richard W. Riley:U.S. Secretary of Education
- Bruce Alberts:President, National Academy of Sciences
- Rita R. Colwell:Director, National Science Foundation
- Daniel S. Goldin:Administrator, National Aeronautics and Space Administration
- Neal Lane:Assistant to the President for Science and Technology Policy, Office of Science and Technology Policy
- Bill Richardson:U.S. Secretary of Energy
- Rodney E. Slater:U.S. Secretary of Transportation
- Jerome F. Smith, Jr.:Chancellor for Education and Professional Development, U.S. Department of Defense
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