from problem solving to modeling

From Problem Solving to Modeling:
The Evolution of Thinking About Research on Complex Mathematical Activity

by F. K. Lester, Jr. & P. E. Kehle

(R. Lesh & H. M. Doerr (Eds.), Beyond Constructivism: Models and Modeling Perspectives on Mathematics Problem Solving, Learning, and Teaching (pp. 501-517), LEA, 2003年)

 本稿は問題解決研究の流れを振り返るとともに、問題解決についての考え方の転換について述べている。

 前半は、心理学における初期の問題解決研究の中で知識領域やエキスパートかどうかで解決が異なってくることに気づいていった点、またそのエキスパートの程度が領域にかかわる知識の多寡で考えられていた点がまず述べられる。次に数学教育における問題解決研究の流れがまとめられ、1994年にLester氏がJRMEに載せた論文でも紹介された表を出している(この文献については「新しい算数研究」誌1995年11月号に清水紀宏氏による紹介がある)。そしてこの30年間のそれぞれの期間に主として問題となった項目を4つとりあげ、それぞれについてどのようなことが課題となったか、それらの項目について現在までにどのような知見が共有されているかが紹介される。取り上げられた項目は「問題の難しさの決定要因」「よい解決者とそうでない解決者との違い」「問題解決指導」「メタ認知の役割」である。

 前半のまとめとして、Lester氏らはここ数年問題解決の研究が減っている理由に触れている。第一の理由として、問題解決が複雑な過程であり、いくつもの要因が重なり合い、あるいは相互に影響しあいながら含まれていることをあげている。第二の理由として、NCTMが2000年に出したStandardsに書かれていることで十分とし、それ以上の研究の必要性を感じない傾向があることをあげている。いずれにしろ、問題解決に対する今までとは異なる視点が必要であると彼らは述べている。

 後半は問題解決の次のような捉え直しから始まる:「成功的な問題解決は、以前の経験、知識、使い慣れた推論の表現やパタン、直観を調整する(coordinate)ことを含んでおり、元の解決活動を引き起こしていた緊張や曖昧さを解消するような推論の新たな表現やパタンを生成しようとする」(p. 510)。  こうした流れを受けて、Lester氏らは問題解決をより広いカテゴリーである「数学的活動」の中に含めた上で、「数学的活動の"理想的"モデル」を提案する。それは、次のような4つの要素を基本としている:A:コンテクスト(現実的、想像的、あるいは数学的);B:問題;C:数学的表現;D:解決。 そして、これらの間は次のような実線で結ばれている:A→B:単純化/問題設定;B→C:抽象化;C→D:計算。さらに、以下のようないくつの部分に点線が配置されているが、これは「比較(comparing)」を表すものとされている:B→A、C→B、D→C、D→A、D→B、C→A。例えば、D→Aの点線であれば、数学的な処理により得られた結果をもとのコンテクストに照らして比べてみること、を意味するものと考えられる。ただしLester氏らはこうした比較はいつの時点でも起こるものであることを強調しており、これがメタ認知的活動に対応すると考えている。また、逆にこうした比較が常に要求されることが、数学的活動が如何に複雑であるかを示すものだとしている。

 最後の節では、問題解決の研究から明らかになってきた、問題解決と他の数学的活動との間の境目が曖昧になってきたことを、肯定的に捉えようとする立場が述べられる。ここで彼らは複雑な数学的活動を捉える仕方に逆転が起こるとして、二つの図式を出している。1つ目では「問題解決」という楕円の中に理解、解法、方略、エキスパート、ノービス、メタ認知など、これまでの研究を通して扱われてきた要素が雑然と入っている。2番目では「数学の理解」という楕円の中に問題設定/解決が含まれ、他にモデル構築、表象の生成、推論パタンの構成、有意味な解釈という要素が整然と並んでいる。ただしここでの「モデル」という用語は、数学的モデルだけでなくメンタルモデルも含ものとされている。二つの楕円においては、問題解決と数学の理解の関係が明らかに"逆転"している。彼らはこうした逆転により、教室や現実的な設定での生徒の認知を捉えやすくなるとしている。こうした逆転は、メタ認知や情意といった要因が注目されたときのように、単に問題解決に関連する要因を増やしていくことでその複雑さを捉えようとする試みとは違い、問題解決とその周辺の現象との関係を組み替える試みなのであろう。いわば量的な拡大から質的な転換をLester氏らは提案しているように見受けられた。

 この論文において問題解決と他の数学的な活動との密接な関係、あるいは解決過程の複雑さを考慮する必要性が改めて確認出来た。一方で、後半で提示される新たな提案にはいくつかも疑問も感じた。

 第一に、上述したA,B,C,Dの4つの要素を基本とした図式を提案する以前に述べられている図式では、数学の知識を新たに作る過程が含まれ、それが大切にされていた。しかし、この4つの要素からなる図式ではそうした面が見えにくくなっているように感じる。この論文が掲載されている本全体が、R. Lesh氏らによるモデル導出活動(model-eliciting activities)の理論や実践を述べた論文を主体としているために、Lester氏らのモデルも数学的モデリングの議論を多分に含んだものとなったのかもしれない。

 第二に、Lester氏らが前半の最後に述べた、問題解決に対する今までとは異なる視点が必要という指摘に対して、数学的モデリングを視野に入れた方向性に議論を進めるしか選択肢はないのか、と感じた。例えば、我が国で実践されてきたDo Mathの指導を考えてみると、特に現実場面を用いずに(つまり、数学的モデリングを扱わずに)豊かな問題解決の経験を提供することは可能と思われる。こうした方向性がLester氏らが提案する方向性とどのような関係になるのか、あるいは異なる選択肢として共に数学教育に資するものなのか、考えてみることも興味あることであろう。

 最後に、Lester氏らが最後に提示する「数学の理解」という楕円の中にいくつかの活動が並んだ図は大変面白く、単純な図でありながら、数学的活動の複雑さを示してくれる。そして確かに、従来の図式(例えばこちらを参照)はそうした豊かさを欠落させていると思われる。しかし一方で、従来の図式は私たちに指導の指針や留意点を与えてくれた。楕円の図で示された図式がどのような形で指導に役立つのかは、さらに考えていくべき問題であろう。

【参考】
布川和彦.算数・数学の授業における意外性:解決過程の図式を視点として.
布川和彦. (2002). 解決過程への着目と考えうる研究課題. (137K)


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