examples

Orientation To Deep Structure When Trying Examples:
A Key To Successful Problem Solving

By Kaye Stacey & Nick Scott

(In J. Carrillo & L. C. Contreras (Eds.), Problem solving in the beginning of the 21st century (pp. 119-146 ). Huelva, Spain: Hergue. 2000年)


 本稿は、「例を試してみる」という発見法がどのように使われるかを、問題解決のプロトコルの分析を通して考察したものである。その際に、問題の表層構造 (surface structure)と深層構造 (deep structure) という考えを組み合わせて論じている。従来の研究では、表層構造が問題文に現れる対象の種類などの特徴を指し、深層構造が要素間の数学的関係などの特徴を指していたのに対し、Stacey氏らは少し異なる意味で使うと断っている。この論文では、表層構造は当該の場面において何が真かの事実に当たるものであり、深層構造はなぜそれが真なのかの理由に当たるものとしている。調査では「階段数」の問題が扱われるが、どのような数が階段数になるかを考えることは表層構造への着目であり、それらの数がどうして階段数になるのか、あるいはそれ以外の数がどうして階段数にならないのかを考えることが深層構造への着目として考察されている。

 また本稿では問題解決を特徴づける一つの方法として、Schoenfeld氏が用いたエピソード・グラフを利用している。そこでは、時間軸にそって、各時点での活動が読み、分析、探求、計画、実行、確かめのどのカテゴリーに当たるかが表示され、またモニターが行われた時点にもマークがつけられることとなる。

 調査の被験者は11名の大学1年生(数学を専攻)と3名の数学の大学院生であった。大学院生と数学オリンピック・オーストラリア代表になったことのある大学生1名はエキスパートと分類され、単独で解決を行った。他の大学生はノービスと分類され、ペアで解決に臨んだ。彼らに発話思考法により問題を解いてもらい、9つのプロトコルを得ている。

 調査で用いられた問題は、どの数が階段数になり、どの数が階段数にならないかを決定し、また任意の階段数に対して階段の高さを与える規則を見出す、というものである。ここに「階段数」とは2つ以上の連続する整数の和で表わされる数である。例えば、10は10=1+2+3+4と表わされるので階段数であり、階段の高さは1、2、3および4となる。7=3+4なども階段数となる。一方、4は階段数とならない(問題の詳しい考察は、Masonらによる "Thinking Mathematically"に見られる)。この問題に対しStacey氏らは8つの主な結果(例えば、「1より大きい全ての奇数が階段数になることを見出す」、「2の階乗以外の偶数を階段数として表現するための規則を考案する」など)を特定し、それらのうちどれを各解決者(のペア)が解決中に見出すことができたかにより、解決の成功度を考察している。階段数の問題については8つ以外にも得られる情報があるが、8つ以外の情報を見出したのは1名の被験者にすぎなかったと彼らは報告している。

 続く節でStacey氏らは、9つの解決過程を4つのタイプに分類し、それぞれの特徴を示している。第1のタイプは、数学オリンピック代表になった大学生によるもので、8つの結果全てをカバーするものとなっている。問題の深層構造を探し、文字式による定式化を伴うものであった。彼の成功の原因を著者らは、的を定めた例 (targeted examples) の利用、解決の大局的な評価、文字式による定式化についての自信としている。彼のエピソード・グラフはSchoenfeld氏がエキスパートのグラフと分類したものに似ている。具体例は次のようなやり方で用いられていた:文字式から不必要な一般性を減らす;特定のものの中にある一般を探すことで深層構造を探す:文字式の誤りを見つける。ただし、例の範囲がそれほど広くなかったので、自分の定式化の限界(負の階段を与えることがある)には気づかなかったと、報告されている。

 第2のタイプは博士課程の学生によるもので、4つの結果をカバーするに留まっていた。深層構造を志向したものであるが、利用された例は少なかった。文字式での探求が主であり、数値による探求も文字式の文脈でなされていた。具体例の使われ方は、最初に問題に慣れること(ただし非常に短い)と文字式の誤りを見出すことであった。エピソード・グラフはエキスパート型であり、多くのコントロールがなされているが、それらは局所的なものであり、全体の方針に関わるものではなかった。

 第3のタイプは修士課程の学生によるもので、8つの結果全てをカバーしている。彼女も深層構造を求めているが、具体例から構造的な証拠を集めることでこれを達成している。広い範囲の例を系統的に注意深く選んでいた。解決の評価やモニターも大局的なものであった。こうした特徴にも関わらず、彼女のエピソード・グラフはノービス型であり、カテゴリー間の移行は少なく、ほとんどの時間が探求カテゴリーに費やされている。文字式の利用は量を表わす記号(44の奇数の因数をxと表わす等)に留まっている。具体例は次のようなやり方で用いられた:パタンを探し推測を立てる;一般的な構造の運搬者 (carrier) として;探求のさらなる方向性の源として。

 第4のタイプは、1人のエキスパートと5組のノービスのペアによるもので、8つの主要な結果のうち1〜4個の結果してカバーできていない。エピソード・グラフはノービス型を示した。解決では深層構造に目が向けられており、多くの具体例が扱われながら、それらは、何が起こっているかについてのデータを集めるために用いられ、なぜそれが起こるのかに関わるものではなかった。

 これら4つのタイプの解決過程を、Stacey氏らは、達成された結果数、注目された構造、定式化のモード、選ばれた具体例、エピソード・グラフの型、進展の評価の様子という観点から一覧表にまとめている。そして、8つの結果をカバーすることのできた解決と、4つ以下の結果しかカバーできなかった解決を比較することで、以下のような特徴が解決の成功に寄与したと考えている。

 成功した2つのタイプでは深層構造に目が向けられていたのに対し、深層構造に注意を向けていた解決では成功的なものとならなかった。文字式が用いられる場合でも、具体例から気づかれた情報をまとめるのに用いられ、文字式により定式化し分析しやすくするというものではなかった。また、数の約数から階段を決めようとする試みが見られても、試行錯誤的なやり方に留まるものであったとされている。しかしタイプ2の解決からわかるように、深層構造への着目は成功のためには十分ではない。具体例を用いた解決者が自らの探求を1〜2の顕著な側面に焦点化することができたのに対し、具体例を用いなかった解決者は「実際の」場面との接触を失ったと著者は考えている。

 表層構造に目を向けた解決者は具体例を多く利用していたが、データを集めそこにパタンを見出そうとする傾向にあった。息詰まった場合も、さらにいくつかのデータを集める行動に戻ろうとした。これに対し、深層構造に目を向けた解決者では、息詰まった際に具体例に戻る場合にも、その時点でのアイデアとの関係でどのような具体例が必要かをよく分かっており、新たな情報を与えてくれる限りにおいて具体例を考察し、そしてそうした情報を以前の考えと突き合わせるために分析に戻るのである。あるいは具体例の生成や解釈が系統的だとも指摘されている。

 以上のような比較からStacey氏らは、深層構造の探求と的を定めた具体例の利用の組み合わせが要求されること、また、具体例が洞察を示したり、何らかの主張を確認したり拒否したりするようデザインされていることの必要性を指摘している。

 論文の最後では、内容を再度まとめるとともに、オーストラリアにおける従来のストラテジー指導の問題点と関わらせて議論をしている。すなわち、「具体例を試してみる」といった方略が深層構造についての洞察を得ることと切り離されて教えられたり、あるいはデータを集めてパタンを見つけかき出す活動が強調されすぎた結果として、「十分な具体例を考えればたいていの問題は解ける」といった、誤った信念が形成されたのではないかということである(「 」内は被験者の一人が実際に発言したもの)。また、パズルのような問題が頻繁に扱われてきたこと、および証明分野がカリキュラムの中で弱まっていることも、原因の一端としてあげられている。Stacey氏らは、オープンな問題の強調が、推測したものを(形式的でなくてもよいから)証明してみるという経験を生徒に与えるものとして期待されていたのに、現実にはそうはなっていない点を指摘して論を終えている。

 数学も疑似経験的な科学との主張の下に、データの収集・観察を強調する立場は我が国でも見られるように思うが、そうした場合にも「一般的推論」(p.137) を活動の中に組み入れていくことの必要性を、あるいは具体的な考察と一般的な考察のバランスの大切さを、この論文は示してくれているように思われる。また、第2著者であるScott氏の修士論文に関わり、Schoenfeld氏のエピソード・グラフには「思考の質が反映されていない」といった指摘がなされており、これも興味深い指摘といえよう。


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