Mathematics Teaching and Learning

by Erik De Corte, Brian Greer, & Lieven Verschaffel
(In D. C. Berliner & R. C. Calfee (Eds.), Handbook of educational psychology (pp. 491-549). New York: Macmillan, 1996)


 これは昨年出た「教育心理学ハンドブック」の第16章に当たるものであるが、A4 の大きさに細かい文字でしかも2段組みという書式で 60 ページ近くもあり、かなりの分量になっている。また最後の 11 ページは引用・参考文献であり、豊富な文献が駆使されていることがわかる。教育心理学ハンドブックの一部であること、またその執筆者の顔ぶれからわかるように、本文献は数学の教授と学習について、特に心理学的な観点から行われた研究についての概観となっており、「数学の教授と学習についての研究において近年起こった主要な発展のいくつかに焦点を当て、選択的に提示すること」を目標としている。しかし「心理学的な観点」とは言え、認知についての心理学の研究における二つの「波」を考慮し、扱われているものは狭い意味での「心理」を越えた広範なものとなっている。すなわち認知革命の「第一の波」により1950年代の終わりに生じた情報処理的な扱いから、80年代に生じた「第二の波」の中で重視される「情意、文脈、文化、歴史」といった側面まで目を向けた概観を行っている。心理学的という一つのアプローチからの研究に限られるとは言え、数学教育学の研究についての大きな流れがこうしたまとまった形で読めることは、本誌 No.4−3に書かせて頂いた問題にも関連して、大変ありがたいことである。

 本文献はまず NCTM のスタンダードやイギリスのコッククロフト・レポートに見られるような、数学教育の改革に対する世界的なコンセンサスがあることから話を始め、その改革を支え、実現の鍵となるであろう次のような諸点を考えることをその全体的な背景として持っている;(i) 歴史的、文化的、社会的、経験的文脈に埋め込まれた、人間の活動としての数学という見方の広まり;(ii) それに対応して、数学に関わる認知の本性についての、豊かで複雑な見方の出現;(iii) 数学教育とは何かについての見方の変化;(iv) こうした見方を実現するためになされた努力の跡。この背景を持ちながら、具体的には次のように展開されることになる;

つまり、数学、学習者、社会的側面、そして指導の環境という四つのトピックにしたがって概観がなされていくのであるが、約 50 ページの本文のうち 20 ページ近くが最後の指導の環境の節に費やされていることからも、単なる子どもの心理や認知よりも、好ましい数学的な認知を育成する方法に関心が向けられているように思われる。つまり、前半の節で数学の本性を考えることも、学習者の認知を考えることも、そして文化的・社会的側面を考えることも、全て適切な指導の環境を構成するための基礎情報を与えるために行われているのではないだろうか?この重点の配分は、本文献が上で述べたように、数学教育の改革の実現というものを念頭において書かれた、ということを反映しているのであろう。

 最後に本文献の中から、あまり他で扱われていないような箇所を少し取り上げてみたい。それは、独立した学問領域としての数学教育学の成立に関わる箇所である。もちろん数学を教授することに関わる様々な考察が昔からあったことを認めながらも、彼らが「1970年代に豊かな学問分野として生じ始めた」と書いているところをみると、独立した学問領域としての数学教育学の成立を De Corte らは1970年代と見ているようである。私個人としては彼らがその成立年代をかなり最近に設定していることに、多少の驚きを覚えた。それ以前の研究では、心理学者は測定や統計の手法を用い、数学教育の理論が領域独立な理論から導かれるという仮定に基づいてなされていたが、この実証的−科学的研究に対し、数学、教育学、哲学などの立場から数学教育を考えてきたグループからの批判がなされた。その後は両方のグループが協力し、互いに刺激を与え合いながら発展してきた。この流れを象徴する出来事として彼らは、1969年の第一回 ICME で実証的アプローチを強く提唱した Beagle が、1979年の「数学教育における重要な変数」の中で10年間の研究があまり多くのものをもたらさなかったとして落胆していることをあげている。結局 De Corte らは、心理学、教育学、数学といった総合的な観点から数学教育を研究するコミュニティの発生をもって、学問領域としての数学教育学の成立と考えているように見受けられる。こうしたコミュニティの発生の目立ったものとしては、1969年のリヨンでのICME の開催があるが、これはそれ以前の New Math 運動の中で、数学者と心理学者が徐々に顔馴染みになっていったことの延長にあると考えられている。 またその会で Freudenthal が Fischbein と Shulman に数学教育の心理学についてのグループを組織するよう依頼し、それが今日の PME になったことを考えると、確かに1970年頃が一つの移行期であったことがわかる。

 彼らは数学教育学のコミュニティの成立に関わる出来事として他に、フロイデンタール研究所などの研究機関の設立、多様な方法論の採用、研究の国際的広がりをあげている。そして彼らは最後に「[数学教育学の] 自己規定という課題は、この20年間の間にかなり達成された」としてこの節を結んでいる。

 なお余談であるが、このハンドブックには J. G. Greeno や L. Resnick らによる「認知と学習」なる章や、R. E. Mayer らによる「問題解決の転移」なる章、N. M. Webb らによる「教室におけるグループ・プロセス」なる章も含まれており、数学教育学に関わる者にとって興味あるものとなっている。


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