現代を生きるための数学


(「数学セミナー」2000年5月号特集)


 雑誌「数学セミナー」の2000年5月号では、「現代を生きるための数学」という特集が 組まれた。これは、「普段の生活ではなかなか気づかないが、実はさまざまなところの基礎に 数学ある」ということを考えるという企画のようである。こうした観点は、数学教育の意義を 考える上でも、また現実とのつながりを考慮しながら数学の授業を計画する上でも、参考に なるものと思われる。以下では、いくつかの記事の内容について、 筆者の理解できた範囲で簡単に内容を紹介したい。

●「2時間、2秒、そして・・・何宙年」
  山本芳嗣氏(筑波大学社会工学系)
50本を超える修士論文を、50数人の教官で主査、副査を分担する仕方を、 線形計画問題として定式化し、最適解をシンプレックス法で解決するという話題が 取り上げられている。そこには、主査には教官の一部だけがなれるとか、 審査する論文数が教官の間で偏らないようにといった条件があり、また後には、 指導教官は主査になれない、各教官が審査する論文数の下限を定めるといった 条件が付加されていく。全ての組み合わせを考えると宇宙的な時間(山本氏は ビックバンから現在までの時間を1宙年と命名している)がかかるが、 線形計画法で数秒で計算できてしまう。その際に、 変数の制約を0か1の2値から0以上1以下という連続に緩めているが、 制約を緩める方が解きやすくなるあたりも面白い。

●「実生活にいきる測量の話」
  江藤邦彦氏(埼玉県立越谷総合技術高校)
現在の測量では三角法を直接使うことがないことをふまえながらも、「測量について ちょっと知っておくと便利そうだ」「昔の人たちは測量するのにいろいろ工夫したん だなあ」などと生徒が思うようになってくれることを期待した、授業のプランが 紹介されている。地図から実際の距離や所要時間を見積もる、地図から坂の傾斜角を 求める、実際の傾きを測る道具、傾斜を表す身の回りの標識などがあげられている。

●「コンビニを開店するのに有利な場所は?」
  杉原厚吉氏(東京大学大学院工学系研究科)
一定の仮定の下に、新たにコンビニを開店する場所を決定することを、ボロノイ図を利用して 考えている。いくつかのコンビニP1, ・・・, Pnがあるとき、各 コンビニPiに対して、 そこからもっとも近いコンビニがPiになるような点の集合を考え、この領域(ボロノイ領域)で地図を分割したものをボロノイ図と呼んでいる。新店舗の位置P*を決める問題は、新たな点のボロノイ領域を最大にする問題として定式化され、点を微少に動かしたときに領域の面積がどのように変化するかを調べることで、面積が最も急速に大きくなる方向を求めている。後半は、商店街を大型のコンビニと考え線分でモデル化し、コンビニと商店街が混在する場面での新店舗開設へと問題を拡張している。

●「生命保険に加入する」
  湯浅味代士氏(住友生命保険相互会社主計部)
 生命保険数学の基本である保険料の計算の基礎が紹介されている(ちなみに、保険数理や年金数理を担当する専門家はアクチュアリーを呼ばれるそうである)。そのために「現価」という概念を導入する。現在の100万円と10年度の100万円では価値が異なるので、これを比較するために現在の価値に換算し、この現在の価値のことを現価と呼び、現価率は年利率により表現される。保険料は、支払う保険金の期待値の現価と、保険料収入の期待値の現価とを等価と置くことが求められるが、これらは、現価率、x歳の者がn年間生存する確率、n年以内に死亡する確率による級数で表されている。生存の確率は連続的に扱えば積分になる。アクチュアリーの試験では数学、生命保険数理、損害保険数理、年金数理、会計・経済・投資理論が課されるそうであり、数学との強いつながりが感じられる。

●「ディジタルでノイズの少ない音や画を」
  中村 憲氏(東京都立大学大学院理学研究科)
 誤り訂正符号の基本について説明されている。それに先立ち、ノイズが少ないということが、実物に近く鮮明であるということではなく、データの一部が壊されたとき元通りに復元する能力が高いことであると、規定される。使われる文字の集合をAとし、n個の文字の列でデータが記録されるとする。Anの2点に対して、対応する桁のうち文字が異なる桁の個数を2点の距離として定める(ハミング距離)と、文字列の誤り訂正能力がこの距離を用いて求められるといった結果が紹介されている。また、この集合Aとして、有限体などの代数的構造を持つものに制限したときに得られる性質についても触れられている。

特集では他に、

という記事が掲載されている。
目次最新の「ミニ情報」布川のページ