The Co-ordination of Meanings for Randomness

by Dave Pratt
(To appear in For the Learning of Mathematics, November issue, 1998)


 本稿のタイトルには、「意味の調整」とあるが、これがどのようなことを意味するのかは、この紹介記事の後半で明らかにしたい。大雑把に言えば、ランダム性についての、子どもが持っている直感的なイメージを、コンピュータのマイクロワールド環境を通して、より数学的な意味へと再構築していくプロセスを述べた論文のように思われる。ランダム性については、我々自身も、作為がないというイメージとともに、片寄りがないように注意をすることでランダム性が保証されるというイメージもあり、わかりにくい概念でもある。

 論文ではまずこれまでの確率の指導に関わる先行研究を概観し、確率に関わる理解が日常的な直感に引きずられやすいことに触れ、そこから示唆されうることとして次の2つの立場をあげている;(i) 心は直感に従うよう強く引きずられている;(ii) 直感が不十分にしか発達していないので、洗練された仕方でしか課題を扱うことができない。Pratt 氏は後者の立場に立ち、直感を発達させる方向を探るが、先行研究の中にはこの発達に関わり欠けているものがあると指摘する。それは、設定 (setting) の影響であり、生徒に提供できるツールとリソースにより構造化された設定を考えるべきだとする。こうした設定ではまた「自分の信念の帰結に直面できる」「確率の法則に関わって作業できる」「学習者が自分の信念をシンボルで表現できる」などの要素も考慮されている。これに加え Fischbein 氏の、「支援するような仕方で構造化された文脈の中で子どもが活動する (operate) ならば、(相対頻度についての) 直感は能動的に発達する」という見解を引き、ランダム性の直感を形成する設定の構築へと話を進めていく。

 この研究ではこうした設定は、コンピュータによるマイクロワールドにより提供されている。このマイクロワールドは "Chance-Maker" と呼ばれるが、これは Boxer というコンピュータ・ソフトウェアの中で構築されている。場面としては、コイン投げ、サイコロ投げ、回転する矢のついた数字盤などであり、それぞれ投げる力などを調節しながら、コインやサイコロを投げるという試行を繰り返すことができ、またその結果をグラフなどに表現することもできる。場面にはほかに "workings" という箱があり、この中の数値を変えると、コインやサイコロの目の出方を変えることができる。例えばコインで「表 表 裏」と設定すれば、表が出やすい状態になる。

 この Chance-Maker による作業をしている2人の生徒の、ランダム性の意味の変化が、論文の後半の主題であるが、これを述べるに先立ち、Pratt 氏はまず、事前インタビューおよび Chance-Maker の作業の初期に見られた、ランダム性の意味を簡単に報告している。これらはローカルな意味を呼ばれるが、それは短い期間、あるいは少数の試行のみを理解するための意味ということだと思われる。ランダム性についてのローカルな意味としては、(1) 予想が出来ない、(2) コントロールできない、(3) 結果が不規則、(4) 公平である、(5) コントロールされたコンピュータでは実現されないもの、が挙げられている。この最後のものが、今の実験の環境下での特殊なものであることは、Pratt 氏も認めている。さらにこうしたローカルな意味の特徴としては、(1) 意味が相互に交換されやすい、(2) 矛盾するような意味が一緒に用いられることがある、(3) 互いの結びつきは弱い、(4) 初期にはローカルでありながら、長期的な結果の理解にも用いられる、(5) 原因−結果の枠組みから、原因が見出せないときに発動される、などがある。

 こうしたローカルな意味が、マイクロワールドでの活動を通して変化していく様子が4つの局面に分けて述べられるが、この流れは、ローカルな意味が、原因−結果という枠組みからマイクロワールドを理解しようとしたときに生ずる「条件」という要素と結びついた、としてまとめられている。例えば、「コントロールができない」というローカルな意味が、「試行の数」という条件を結びつき、「試行の試行は結果がランダムになったりならなかったりすることをコントロールする」という新たな意味へと変化していく。この新しい意味は、より長期的な結果を理解するのにも用いられるグローバルんものである一方、試行の数を多くとることで統計的確率が安定するという数学的な理解にも関わっていると思われる。

 しかし、こうした結びつきは、直線的には進んでおらず、試行数が重要であることを見出した後でも、別の課題では少ない試行だけを調べていたために、"workings" での操作の効果をなかなか見出せない様子なども描かれている。また、ローカルん意味と新しい意味との関係は、置き換えられるものというよりは、後者が生まれても前者は一緒にありつづけるようなものと考えられている。その意味では、意味あるいは直感の発達は複雑なものであることを思わせるとともに、日常に根差した直感から出発して、新しいランダム性の意味が「発生」する様子に注意を向けているのである。これらの意味が互いに調整されながら、ランダム性の意味は変化していくのであり、そのために本稿のタイトルは「意味の調整」とされたのであろう。この論文では、1組の生徒の様子が簡単に述べられているだけであるが、こうした「発生」の様子をさらに考察した論文が出ることを期待したい。

 最後に、この論文でのコンピュータの役割について触れておきたい。本稿でのコンピュータ利用は、Noss と Hoyles による「窓 (windows)」という発想を元にしている。つまり、教師にとっては子どもの (初期の) 直感を見るための「窓」であり、一方で学習者にとってはシステムに組み込まれた数学を観察するための「窓」なのである。こうした「窓」の役割がきちんと果たされるよう、どのような (数学的な) の構造の網目 (web) がソフトウェアに組み込まれるべきかが考えられ、学習者のソフトウェアによる活動により心的構造がどのように構築されるかが考えられていく。これらを調べることを繰り返しながら、徐々にソフトウェア (あるいは活動) を収束させていくようである。このやり方は繰り返しデザイン (iterative desing) と呼ばれているが、他の領域のソフトウェアでも応用できるものと思われる。


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