言語の科学:日本語の起源をたずねる
(安本美典, 1995年, 朝倉書店, 215pp.)


この文献をここで紹介するのはどうかと思ったのであるが、次のような二つの興味から敢て投稿してみた次第である。安本氏は著名な計量言語学者であり、因子分析法の著書などもあるが、こうした言語学への統計学の応用ということが、数学の応用の在り方としてかなり成熟したものであることを知ることができる、というのが第一の理由である。私は個人的には安本氏のファンであり、本書を購入したのもこの第一の理由にかかわり、計量言語学のおおよその流れを見たいと思ったことにある。しかしこれを購入して、その中に思わぬ人物の名前を見つけた。実は、これが本誌で言語学の本をあえて紹介しようと思った第二の理由である。その人物とは Polya である。最初は同名の言語学者かとも思ったが、Polya 先生の著書として紹介されている「いかにして問題をとくか」といった題名を見ると、間違いなく George Polyaである。
本書で紹介されているのは、「発見的推論」のp.98 以降で扱われている欧州の10ヵ国語の似ている度合いを考える、という問題である。Polya はそれらの言語の1から10までの数詞を取り上げ、それらの数詞の頭の文字が、他の9ヵ国語の対応する数詞の頭の文字と一致する個数を数えている(例えば英語に対してドイツ語を考えるとfunf, sechs, sieben, neun の4つが一致する)。一方で、Polya は二つの文字が偶然一致するかどうかを考えるための二つのモデルを提案する。モデル1 では二つの袋を考え、それぞれの袋にはアルファベット26文字が書かれた26個の玉の入っているとする。そこから一つずつ玉を復元抽出で取り出すことを考え、x 個の一致が見られる確率を二項分布により求める。この時は、二つの言語での子音の一致が3個以上であれば、それらの言語が全く無関係であるとする帰無仮説を有意水準1%で棄却することができる。モデル2ではやはり2つの袋を考えるが、こんどは今考えている10ヵ国語の10個の数詞の頭の文字、合計100個分の文字を書いた100個の玉がそれぞれの袋に入っているとする。同じような復元抽出を考えて、二項分布でやはり x 個以上の文字が一致する確率を求める。モデル2では、4個以上の一致があれば、帰無仮説を危険率1%で棄却することができる。
これらのモデルを使って、もとの10ヵ国の数詞の一致の個数を調べた結果を見てみる。すると Polya の母国語ハンガリー語だけは、英語などの他の欧州9ヵ国語のそれぞれと、2個以下の一致しかなく、これら9ヵ国語と無関係であるという仮説を捨てることができない。このことはハンガリー語がフィン・ウゴル語族に属するとする、言語学の見解ともよく一致するのである。
この Polya 手法は、本書の中では計量言語学の一つのアプローチとして、大切に扱われているように思われる。その証拠に、この方法はエチオピアの言語学者ベンダーのアプローチとも比較され、ある点においてはそれよりも勝ると評価されているのである。こうした他の分野にも影響を与えてしまう Polya の偉大さとそのセンスの良さに、改めて舌を巻かざるを得ない。
なお、本書では「ポイア」と表記されているが、安本氏によれば、「発音はポイヤに近いようである」とのことである。

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