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図1: アンモニア分子構造の模式図
図2: アンモニア分子の反転遷移
アンモニア分子(NH3; 図1)は、星間空間で最初に(1968年)検出された 多原子分子である。 アンモニア分子は周波数 23 - 24 GHz の電波領域に多くの輝線をもち、 それらを使ってガスの温度や光学的深さを求めることができるため、 星間物質の性質を調べる重要な手段として使われている。
アンモニア分子の回転エネルギー準位は図3のようになっている。 アンモニア分子は、一つの回転エネルギー準位上でも、 窒素原子が三つの水素原子の作る面を通り抜け反対側へ移動する反転遷移(図2) がおきるため各エネルギー準位が二つに分かれている(図4)。 今回のデータで使用するのはこの反転遷移の観測である。 回転エネルギー準位は、図7のようにさらに四重極超微細構造に分かれ、選択則 (&Delta F = 0, ± 1) に従ってそれぞれの準位間の遷移が観測される。 実際に観測されるスペクトルは図8のように5本のピークが見られるはずである。 中心の最も強いピークがメインの成分で &Delta F = 0 の遷移による。 その両脇に見られる4つのピークは &Delta F = ± 1 の遷移によるものである。
図3: アンモニア分子の回転エネルギー準位
図4: (J,K) = (1,1) の超微細構造
ここでは分子ガスが熱平衡にあるものとして、大まかな解析方法を述べる。 今回教材として用いる観測データでは、各観測点でアンモニア分子の (J, K) = (1,1)、(2,2)での超微細構造まで観測されている。 この各観測点でのスペクトルについて、以下のように物理量を求める。
熱平衡にある分子ガスの速度分布はマクスウェル分布に従い、 そこからの輝線の強度分布はガウス関数で表わすことができる。
Tpeak : ピーク温度
: 半値幅(強度が最大値の半分となるところでの線幅)
V0 : 強度最大値での速度
T : ガスの温度
m: 分子の質量
各成分の強度が、「電波天文学と星間物質」式(7)のように表わせることから、 回転エネルギー準位(J, K)でのメインの成分と &Delta F = ± 1 の成分の強度比を用いて それぞれの成分の光学的深さを求めることができる。
&Delta TA*(J,K,m) : (J,K)のエネルギー準位でのメインの成分の観測されたアンテナ温度。
&Delta TA*(J,K,s) : &Delta F = ± 1 の成分の観測されたアンテナ温度。
&tau (J,K,m) : メインの成分の光学的深さ。
&tau (J,K,s) : &Delta F = ± 1 の成分の光学的深さ。(J, K)=(1, 1)の場合、メインの成分の光学的深さと、
内側二つのピークでは、 &tau (1,1,s) = 0.28 &tau(1,1,m)、外側では &tau (1,1,s) = 0.22 &tau(1,1,m) の関係にある。
&Delta F = ± 1の成分が弱く、直接 &tau(J,K,m)が求められない場合でも、&tau(1,1,m)がわかっていれば、 式 (9) と同様に以下の式から &tau (J,K,m) を求めることができる。
各エネルギー準位にどれだけの分子が存在するかは、ボルツマン分布で表わされる。
N(J, K):エネルギー準位(J, K)にある分子の柱密度
g(J, K):エネルギー準位(J, K)における統計的重み(=縮退度)
&Delta E : (J, K)=(2, 2)と(J, K)=(1, 1)のエネルギー準位の差
一方、光学的深さと柱密度の間には次のような関係が成り立つ。
&nu : 輝線の周波数
&Delta V : 速度幅(km/s)
&tau (J,K) : メインの成分と &Delta F = ± 1の成分の光学的厚さの和
従って、異なるエネルギー準位での遷移の光学的深さの比から、分子ガスの温度を知ることができる。
式(12)を使って (J,K)=(1,1)、(2,2)にある分子の柱密度を求めることができる。
ここで扱う教材は、2007年の実習の観測対象となった NGC 7538 及び DR 21 領域のアンモニア輝線観測データに基づいて作成されている。
NGC7538 | 特徴 | 観測点 | スペクトル(図) | スペクトル(txt) |
DR 21 領域 | 特徴 | 観測点 | スペクトル(図) | スペクトル(txt) |
図5: 測定手順
実際のスペクトルを例に測定と物理量導出を示す。 まず、スペクトルから直接測定する量は以下の3個である。
これらの読み取りは、横軸・縦軸を定規で測り、1cm あたりのアンテナ温度・速度の値の数字を出しておき、 各々の値をものさしで測り相当する値を計算すればよい。 あるいは、プログラミングができる場合は、スペクトルのデータをガウス関数でフィッティングしてもよい。 なお、(1,1, s)の成分は両側で平均をとった値を用いることにする。
この手順を DR 21 領域のスペクトル 1番の (J,K)=(1,1) を例として図解し(図 5) 、測定例・計算例を以下に示す。
このように測定した値から、上で述べた方法を用いて、光学的深さ、温度、柱密度を導出する。
式(9)より導出する。 内側の2本に対し、&tau (1,1,s) = 0.28 &tau (1,1,m) であるため、 式(9)における未知の変数は1個である。 しかしながら、解析的にこの解を得ることはできないため、 次のような手法を用いることで &tau(1,1,m) の値を推定する。 プログラミングができる場合は、ニュートン法を用いて数値的に解を得ることもできる。
この例では、&tau(1,1,m) = 1.1 となる。
このようにして、 &tau(1,1,m) を求めることができれば、式(10)を用い 同様の手順で &tau(2,2,m) を求めることができる。 この例では、&tau(2,2,m) = 0.6 である。
次に、こうして求めた光学的深さを用いて、式(13) から温度を導出できる。 これは &tau (1,1,m)と&tau (2,2m)を式(13)の右辺に代入することで直接的に求めることができる。 この例では、 &Delta TA*(2,2,m) = 1.1 K であるので、 T=22.4 Kという温度が得られる。
温度が得られれば、先に求めた光学的深さと合わせて式(12) から柱密度を求めることができる。 この例では、柱密度は、2.3 × 1015 cm-2となる。
このようにして、いくつかの点で物理量を導出し、得られた結果について考察する。 例えば、導出した物理量と星形成(例えば光や赤外線で見える構造)の位置との関係を調べる。