タイトル 上越教育大学
田部 俊充
 
上越教育大学米国理解プロジェクト(2000年度)の概要

研究テーマ
 米国理解のための教材開発研究

   
(1) 研究主題
「米国理解を深める社会科教材の開発」

(2) 研究団体
上越教育大学米国理解プロジェクト
 上越教育大学学校教育学部
 〒943-8512 新潟県上越市山屋敷町1番地

(3) 研究組織
研究代表者
 大嶽幸彦(教授/地理学/団長)
 田部俊充(助教授/社会科教育/事務局長)
研究分担代表者
 我妻敏博(教授/障害児教育)
 葛西賢太(助手/宗教学)

(4)研究の目的
 我が国の社会科教育(高等学校においては地歴科・公民科)における米国理解を深める社会科教材を開発する。

(5)研究の背景
 本年度は、1998年度(1998.4-2001.3)米日財団助成 大学前課程教育者のためのアメリカ研究研修プログラム「米国理解のための教材開発研究」の最終年度として調査研究の結果をまとめた。このプロジェクトに参加していただいた研究分担者は1998年度15名、1999年度18名、2000年度は18名、延べ51名にのぼった。  
 1998年度は、マルチ・メディア教材の開発をワシントンD.C.、ピッツバーグ、ボストン、ニューヨークの東海岸の四都市において現地調査を行い研究成果をまとめた。1999年度はミネアポリス、ピッツバーグ、ニューヨークの中西部・東海岸の3都市において、ピッツバーグでのホームステイを含めて実施した。2000年度は、西海岸のサンフランシスコを中心にして、ミネアポリス、ピッツバーグでの現地調査を実施した。  
 本年度のテーマは「環境」である。アメリカ合衆国の環境、とりわけ雄大な自然について把握することが第1のねらいである。また、アメリカの社会科教師が自然をどのように扱っているか知るのが第2のねらいである。  
 ここでまず思い浮かぶのはアメリカの自然保護運動や国立公園の存在である。サンフランシスコは西海岸の、ピッツバーグは東部の環境保護のメッカとして著名である(岡島成行1990『アメリカの環境保護運動』岩波書店)。さらに、中西部の事例地として、ミネアポリスを選定した。  
 本年度は、3名のプロジェクト・コーディネーターを設け、エネルギー・交通、まちづくり、環境思想・教育の3テーマを設定した。初期の段階での各グループのグループ・コンセプトは以下のとおりであった。

〇エネルギー・公共交通(プロジェクト・コーディネーター:田部)
 1979年3月28日、ペンシルベニア州スリーマイル島で起きた放射能漏れ事故がアメリカ国民に与えた心理的影響は大きく、事故後、建設もしくは建設計画はキャンセルされている。現在のアメリカの原子力政策を調査するとともに、まだ稼動しているペンシルベニア州内の原発を調査し、その安全対策などを柏崎原発と比較したい。また、アメリカは風力発電をはじめとする自然エネルギーの分野で世界の先端的開発を行なっているが、日本との比較を行ないたい。日本の地理教材では、アメリカはモータリーゼーションの事例として必ず登場し、日本の自動車政策に少なからず影響を与えているが、その歴史的経緯を調べ、ライトレールやケーブルカー、アムトラックといった公共交通の事例や交通規制といった角度からもエネルギー問題を考えたい。また、エネルギー・公共交通に関してアメリカの学校でどのように扱っているかも調査したい。

○ まちづくり(プロジェクト・コーディネーター:五十嵐)
 サンフランシスコ、ピッツバーグ、ツインシティー(ミネアポリス、セントポール)これらの都市に共通することは、いずれもユニークなまちづくりが行われているということである。サンフランシスコでは全米でもいち早く「住民参加」型の開発が進められ、ポートサイドの再開発、都心部でのダウンタウンプラン等制定された。港や駅、工場などの歴史的な建造物の保存、町並みを重視したまちづくりがなされてきた。鉄の町として長らく日本に教科書にも登場してきたピッツバーグであるが、逆にアメリカでは黒煙立ち上る郊外の町というイメージがあった。この中でピッツバーグルネサンスと呼ばれる再開発が行われ、ゴールデントライアングルなどの再生がなされた。また、駅舎の再利用としても最も早い例として知られるステーションスクウェアなどなど、現在全米で最も住みやすい都市の1位にランクされるようになっている。ミネアポリスは、かつてミルシティーと呼ばれていた製粉の町である。この基となったセントアンソニー滝、これを生かしたまちづくりが特徴的である。対岸のセントポールも大聖堂を中心に発展した町であるが、タウンスクウェアの再開発もよく知られている。これら対向する2つの都市の比較も容易である。現地では行政機関での聞き取りの他、その町の歴史的な核となっている建造物(ランドマーク)、再開発地区をできるだけ多く見てきたい。

○ 教育・思想(プロジェクト・コーディネーター:葛西)
 1989年1月のTIME誌記事がきっかけとなって環境保護運動は現代文化のなかで重要な位置を占めるにいたったが、それに先だつ思想運動としての前史が存在している。R.W.エマソンやH.D.ソローなどの人物の思想には東洋思想が大きな影を落としており、現代のディープ・エコロジーなどにつながる展開がある。また、R.カーソンやA.レオポルドなどの科学的認識にもとづく環境保護論、J.ミューアやJ.J.オーデュボンらの自然愛好を基盤にした保護思想と、その延長としてのシエラクラブ、オーデュボン協会という自然保護団体の成立も見落とせない。以上の観点のもと、1.環境思想の原典を読む、2.環境保護団体の歴史と実践される哲学、という2テーマにわけ、運動を支えるきっかけになった諸著作(思想面)と、それらに啓発され導かれた運動の展開(実践面)とを捉え、思想的な背景と歴史的経緯を踏まえた議論ができるようにすることにとりくむ。

 1年目はグループ活動、2年目は全体行動が主体であったが、3年目はグループ活動、全体活動の両者の利点を生かし半々になるように組んだ。グループ活動、全体行動が半々になるようにすることによって、1年目、2年目より参加者の調査意欲が向上したのではないか、と推察される。
 2000年度も今までの2年間と同様、マルチメディア教材開発を進め、米国理解を深める教材をデジタル情報やマルチ・メディア情報に加工することにより、教育現場において汎用性のある米国理解を深める社会科教材を開発し、普及していくことを目指した。具体的には、[1]現場で利用しやすい報告書、[2]黒板に掲示しやすいポスター教材、[3]多くの人に発信するホームページ、の3点である。

(6)研究の具体目標
 第1年次、第2年次に開発した我が国の社会科カリキュラム(高等学校においては地歴科・公民科)における米国理解を深める社会科教材を引き続き開発し、研究の深化を図った。
[1] 米国の社会科教師の協力を得て米国理解につながる教材を開発し、一部は実際に授業の中で活用し、米国理解教育を促進する。
[2]

現地調査では記録編とテーマ編に分けて研究テーマを追求していく。記録編では訪問地の社会科教材開発をすすめる。テーマ編では研究協力者の問題意識に応じた教材開発をすすめる。これは社会科を核にし隣接教科も含めて追求していく。また、本年度は社会科に関連する授業を参観し、教材開発に生かす。

[3]

1年次、2年次と同様、汎用性の高い写真教材を中心とした報告書、教室での利用のしやすさを考慮したポスター教材、研究成果をより多くの教育関係者に公開するためのホームページ、の作成を行う。

[4]

開発した教材を社会科教師や大学院・大学に在籍している現職教師・学生に提示し、その反応を今後の教材開発に生かす。


(7)米国側の協力機関
・ デュケイン大学(ペンシルバニア州ピッツバーグ)

(8)研究協力者    16名
  (プロジェクト・コーディネーター)1名
  新潟県立高田南城高等学校   五十嵐雅樹教諭
  (高等学校社会科教材開発)4名
  宮城県立米山高等学校   山内 洋美教諭
  筑波大学附属高等学校   田尻 信市教諭
  国立教育研究所   谷田部玲生室長
  国立教育研究所   永田忠道研究員
  (中学校社会科教材開発)5名
  大学院2年(東京・中学校)   佐藤  洋教諭
  大学院2年(埼玉・中学校)   栗田 秀人教諭
  大学院1年(新潟・中学校)   猪又  力教諭
  大学院1年(石川・中学校)   白木みどり教諭
  新潟県立高田盲学校   柳川 幸子教諭
  (小学校社会科教材開発)4名
  大学院2年(新潟・小学校)   冨永 浩文教諭
  大学院1年(埼玉・小学校)   飯塚 耕治教諭
  大学院1年(東京・小学校)   齊藤幸之介教諭
  大学院1年(山梨・小学校)   深澤 秀興教諭
  (英語教材開発)2名
  大学院1年(東京・高校)   高山 庸子教諭
  新潟県刈羽郡刈羽村立刈羽中学校   姉崎 達夫教諭
 
(9)事前研究会
  第1回   5月13日(土) 9:30〜12:00
  第2回   6月24日(土) 9:30〜12:00
  第3回   7月22日(土) 9:30〜12:00
  第4回   8月26日(土) 9:30〜12:00
  第5回   9月 9日 (土) 9:30〜12:00

(10)米国予備調査(現地調査・学校見学先との打ち合わせ)
   8月14日(月)〜8月21日(月)      田部、葛西

(11)米国現地調査(12日間 米国教師とのワークショップ及び学校見学を含む)
  9月19日(火) 成田出発
  9月19日〜9月21日 ピッツバーグ地区(3泊)
  9月22日〜24日 ミネアポリス地区(3泊)
  9月25日〜9月28日 サンフランシスコ地区(4泊)
  9月29日(金) サンフランシスコ出発
  9月30日(土) 帰国

(12)事後研究会
 10月21日(土)13:00〜17:00 報告書原稿の読み合わせ等

(13)学会発表
 筑波大学で開催された日本社会科教育学会第50回全国研究大会の2日目、10月15日(日)の自由研究発表II 第1分科会において、プロジェクトとして以下の3つの発表を行なった。
  1. 米国理解のための教材開発研究(1)
    −上越教育大学米国理解プロジェクト 地理的分野の教材開発−
発表者 志村喬(新潟県立新潟西高等学校)、田部俊充(上越教育大学)
  2. 米国理解のための教材開発研究(2)
    −上越教育大学米国理解プロジェクト 公民的分野の教材開発−
発表者 釜田聡(上越教育大学附属中学校)、田部俊充(上越教育大学)
  3. 米国理解のための教材開発研究(3)
    −上越教育大学米国理解プロジェクト 歴史的分野の教材開発−
発表者 田尻信市(筑波大学附属高等学校)、田部俊充(上越教育大学)

 1、2、3はそれぞれ98年度、99年度、2000年度の成果の本当に一部であるが、写真資料を使い、社会科において効果的な教材となることを提示することができた。

写真  日本社会科教育学会における発表
  質疑の中では教材の具体的な内容にまで迫る質問も出て、アメリカ教材への関心の高さが窺えた。
 学習指導要領の改訂にともない、今後アメリカに関する教材の重要性は高まっているが、このような大掛りな現地調査及び教材化は一般的には不可能に近く、米日財団プロジェクトの研究成果の意義は計り知れないことを痛感した。




(14)シンポジウム
日時 2001年2月5日(月)14:00〜17:00(予定)
場所 上越市高田駅前マンテンホテル会議室
プログラム 14:00〜      2000年度成果発表
15:00〜      正井泰夫立正大学名誉教授の御講演
17:00〜19:00   レセプション

 今年度はプロジェクトの最終年度にあたり、総括プログラムとして上記のようなシンポジウムを企画している。講師は正井泰夫立正大学名誉教授にお引き受けいただいた。正井先生は、アメリカ研究の第一人者であり、現日本国際地図学会会長、元日本地理教育学会会長という要職を歴任されている。御著書も『日米都市の比較研究(1972年)古今書院』『アメリカとカナダの風土−日本的視点−(1996年)』他多数あり、プロジェクトの成果・今後への課題を指摘していただけると期待している。