葛西 賢太

 定番の観光コースをめぐる渡米ならさほど悩むことはない。しかし「社会科等教員のための社会見学」ということになるとことは簡単ではなくなる。この章は、異文化理解のプランを、現在組みつつあるか今後組む予定のある読者のために、特に用意されたものである。
 最初に、私の研究テーマがアメリカの現代宗教であり、社会科教育学や地理学は専門外であることを申し上げておこう。そういう人間が、現職の社会科教員を引率して、アメリカの大規模農家や工場や市役所や学校を見学することになってしまった。以下、専門用語に苦悩するレベルから、かろうじて案内をするレベルまでに持っていった体験をここに語ることは、(われわれ教員が時として避けられない)専門外の仕事を引き受ける場合にも、そしてアメリカ文化をよりよく理解しようとする場合にも、多少なりとも資するものがあるだろう。なお、私は2年目の1999年度より参加し、プロジェクト運営の実務を担われていた田部俊充氏をお手伝いさせていただくようになった。それゆえ1998年度については簡単に触れるのみで、主として1999年度と2000年度について述べることとしたい。

●情報収集の手段
 このようなツアーを企画するにあたり、日本語の資料は皆無に近く、日本の大手旅行会社も頼りにできない。田部氏と私が自前で情報を集めるにあたり用いた手段は以下の通り。
1.州の観光局の窓口で問い合わせることができればよいが、またそこで提供されるStudy Tour Guide、Technical Tour Guide等が実に重宝する。見学できる会社、農場、工場、病院や研究所等々の連絡先と概要が書かれている。たとえば、牛の人工授精をやっている農場の見学……などというテーマを聞いて呆然としても、くまなく読み込めば見つかるだろう。なお、このようなテクニカルツアーを専門に斡旋する業者も存在するが、斡旋料は安くはない。
2.詳細な地図。Rand McNally社等の折り畳み式のものが大書店で買えるが、同様のものがJAFでも購入可。州によっては空港のインフォメーションでくれる/買えることもある。地図には高度や距離などのかなり重要な情報が含まれているほか、索引で調べて、与えられた時間で訪問可能かどうかを検討するため、絶対に必要である。なお、AAA(トリプルエイ、アメリカ版JAF)のオフィスでもこうした地図が手にはいる。
3.旅行ガイド。英語のものが入手できて読めればよい。ミネアポリスに関しては空港で購入したガイドが使いやすかった。しかし現物を見ずに買うのは冒険だろう。AAAのTour Guide(JAF東京本部の国際課で購入可)でも情報が得られる。ダイヤモンド社「地球の歩き方」などは、情報が主観的で偏っていると、通からは不評だが、日米間および州間の制度の違いを考えると、英語にある程度自信があっても変な勘違いをしないようにみておくと安心。
4.インターネットのWorld Wide Web(ホームページ)およびE-mailによる情報。調べたいキーワードと州・都市名で、英語版の検索エンジンにかけてみる。10年前には、海外の情報を取り寄せるにはたいへん時間がかかった。今は、即時にウェブサイトで確認し、追加の質問はE-mailで問い合わせれば即日で返事が来ることさえある。たとえば冨永報告にはそうしたやりとりの成果も紹介されている。アムトラックの時刻の確認や、ホテルや航空券の予約さえできるし、現地の気温の情報なども得られる。ただし、ウェブサイトにはすでに古くなった情報、主観的で不正確な情報も混在しているので、情報の出所と日付には十分注意する必要がある。
5.国際電話とファクス。忙しい仕事をしている相手が、見ず知らずの外国人から来たE-mailにいつも親切に回答できるとはかぎらない。急いで返事が欲しいときには電話で熱意を知らせプレッシャーをかけるに限るが、英語での電話はたいへん緊張する。質問事項を英文でまとめて書いておき、可能なら仮想問答集を用意しておくと、先方から思いがけないことが聞かれたときにもあわてることがない。時差があるから夜討ち朝駆けにならざるを得ないだろう。熱意さえ伝えれば、あとはファクスのやりとりなら、時間や待ち合わせ場所等が正確に確認でき、地図の送受もできる。
6.日本語の書籍。地理学の教科書(高校のものは英語原綴もついており便利)、水資源問題、環境問題に関する専門書など。これらは(a)事実認識を深める、(b)調べたい用語が英語でどのようにいわれているのかを確認する、以上二つの目的に役立った。たとえば最近よく聞く「持続可能な○○」は"sustainable"という定訳になっていることは、比較的新しい和英辞典でなければ調べられないはずである。
7.知人からの情報。現地に住む日本人を介して得られた情報も少なくない。そうした人を紹介してもらい、また、謝礼をきちんとできれば望ましい。依頼の際には、プロジェクトの母体や主旨、目的、情報提供の期限、情報を探すための基本的な情報などを提供できるようになっていることが望ましい。個人の研究と違い、プロジェクトの場合はこうした点で意志疎通・意思統一に苦労するため、できる限り参加者からの意見の聞き取りを早めに進めておければ安心である。
 訪問先の選定は、テクニカル・ツアー・ガイドを読みながら重要そうなものに印を付け、詳細な州地図で索引を見て場所を確かめ、訪問可能な距離にあって有効な組み合わせを考えた。数学的には無数にあるわけで、その中から絞り込む作業は地理的素養がない私一人の頭ではできず、高田南城高校の五十嵐雅樹氏(地理学)および本学田部俊充氏(地理教育)の助けを借りた。両氏にリストを電子メールで送ると、こまめに回答をくれ、また時として資料を持って私のところを訪れてくれた。自分の研究を滞らせてのつらい作業に喜びを与えてくれたのは、両氏からの情報はもちろんだが、むしろ彼らの嬉々とした反応であった。地理学の世界がどのように組み上げられているか、またそれを学ぶことの喜びを、彼らは示してくれた。同時に電子メールで訪問先に問い合わせ、回答を踏まえてスケジュールを検討し、訪問先を絞っていった。最終的な絞り込み内容を現地の旅行会社に電子メールで提案した。具体的な提案ができたから、旅行会社でもコネを生かして期待以上の訪問先を用意してくれた。

●「アメリカ」をまのあたりにする
 先の見えない下調べ作業のつらさに比べたら、下見(1999年7月)の強行軍もこころ踊るようだった。苦労して調べたことをついに目の当たりにすることができるのだから。下調べの段階で農業語彙が増えていたので、英語での交渉もかろうじて無事終了。「地図オタク」たる田部氏との下見の一週間で、私も「地理オタク」に仕上がっていった。機内の長い時間も質問責めにおつきあいいただいたことに本当に感謝している。運転しながら路傍のトウモロコシの品種と作柄をチェックし、ミシシッピ川の海運から世界経済システムへ思いをはせ、ミネソタ州の複数の灌水システムを整理しつつ、地理教育の可能性について語り合った。「アメリカ」を目の当たりにした私たちの経験を、二つほどあげておこう。
 第一に報告しておきたいのは、1999年8月、アメリカ中西部のミネソタ州、ミネアポリス郊外のレンヴィルRenvilleのW農場を訪れた際のことである。農場主はサービス精神旺盛な方で、下見でも8月の研修本番でもありとあらゆる設備を引っ張り出して見せてくださった。「隣」家が見えないほど広い土地で行われる大規模農業、それが全世界の穀物相場に目配りしつつ微調整されている様子、穀物がミネアポリスのような大都市に出荷され、そこから世界各地へと運ばれていく道筋など、驚くことばかりだった。その成果は1999年の報告書(第2集)でご覧いただくことができる。
 第二に、2000年9月、カリフォルニア州アルタモント峠の風力発電施設群を見学した際の経緯を報告したい。ハイブリッドカー、トヨタプリウスのCMなどで知られている現地を訪問し、風力発電というビジネスの可能性と課題について学んだ。たまたまカリフォルニア大バークレー校に留学していた友人が発電所建設の専門家であったので、深く考えずに、こういう場所があるのだが知っているかと尋ねた。彼にとっては初耳だったのだが、専門家の強みであっという間に怒濤のような情報を集めて私たちに送ってくれた。彼の案内がなかったら、このような不便なところの訪問は難しかっただろうし、彼の熱意と仲介がなかったら企画止まりだっただろう。調査を進めるうちに彼の研究テーマも風力発電ビジネスの経営についてのものとなったのは、申し訳ないようなうれしいような、複雑な思いである。この訪問の成果は、本報告のうち主として齋藤氏の章においてみることができる。

●下見の緊張
 事前学習会でメンバーが用意した資料をもとに、専門用語や基礎知識を培い、必要があれば勉強しなおして、ひととおりは話ができるように準備した。下見は背水の陣である。田部氏と私でそれぞれ手分けして訪問先をまわった。事前打ち合わせのつもりが急遽取材になる事態もたびたびあった。事前に準備と覚悟をもって臨むことが必要だろう。だがそれを下見担当者だけでやるのは難しいので、事前学習会への取り組みの如何が重要になってくる。
 もちろん、現場に行かなければ細部が固まらないこともよくある。事前に予定していたことをひっくり返さねばならないことも。だが、それでも事前準備していればそれに対処できる。

●インターネットの活用:メーリングリスト
 1999年度よりメンバーの連絡用にメーリングリストを活用した。事務連絡の周知徹底のために、遠方のメンバーに資料を郵送する手間と費用を考えると、この方式の導入は好ましいことだった。2000年度も無料メーリングリストEasy-ML(http://www.easyml.com)を活用した。一部のメンバーは新たにパソコンを購入しインターネット接続の手続きを行って、事務局の作業軽減にご協力いただいた。毎年一名程度どうしてもこれらが使えないという方もおられたが、それはしかたないことである。2000年度はその方の自宅に、パソコンから直接ファクスを送信するという方法で、作業を軽減した。メーリングリスト全体で500通、大学事務局担当者間でやりとりしたメールは1000通をゆうに超える。
 また、下見の際に撮影した写真を供覧する時間を節約するため、本学のサーバ上にデジタルカメラで撮影した画像をおき、World Wide Webを活用して写真を閲覧してもらうようにした。現地に着くまでなかなかイメージが湧かないハンディを少しでも克服するための工夫である。

●事前準備、英語
 事前に我妻敏博氏が、旅行中に必要な常識、基本的な会話などの資料を配付してくださった。また、摂氏華氏などの単位換算表、現地の天候などについての情報をこまめに配布(配信)していただいた。日本では9月中旬は暑かったが、ピッツバーグでは手頃、ミネアポリスとサンフランシスコでは寒かった。結局夏冬両方の支度をしてゆくこととなった。
 事前準備ということで気になるのは参加者の英語力だろう。もちろん、できるに越したことはない。しかし、ネックは英語力ではなく、知りたい、伝えたいという意志だと痛感した。それがなければ、英語ができても駄目だろう。熱意さえあれば英語はあとからついてくるし、筆談だって用いていいのである。いわゆる旅行用の英会話本を読むより、私たちが学びたいことの専門用語を事前学習で押さえておくことが大切だと感じられた。英語で専門用語が出せれば用件はたちどころにわかるし、また専門用語は小型の和英辞典には載っていないことがままあるからである(浦出善文『英語屋さん』集英社新書も一読をおすすめしたい)。
 本プロジェクトでは事前学習会で何度も問題を掘り下げつつ、専門用語が英語でなんと呼ばれるのかを確認した。田部氏のいい方を借りれば、「本番では写真だけ撮ってくる、ぐらいの心づもりで、事前に十分深めておく」ということだ。それぞれのテーマを追究するメンバーの間で共通認識を持つために、岡島成行(1990)『アメリカの環境保護運動』岩波新書を必読文献とした。観光ではなく研修なのだ、自分が今までやらなかったことや苦手なこと、今まで興味を持てなかったことを新たに学んで、それを現場に還元してこそ教師というものである。
 事前学習会はメンバー間の研究テーマの重複を調整するためにも用いられた。このために研究テーマを変更しなければならなかったメンバーもいる。話し合いの結果だが、改めて学びなおす/まとめなおす苦労を惜しまずに譲ってくださったご厚意に感謝したい。
 事前学習会以外の事務作業を進めるため、大学院1年に在籍するメンバーを中心に、「パワーランチ」と称する昼食会兼事務打ち合わせを毎週もった。

●スケジュールや食事について
 昨年度に引き続き強行軍で、食事をゆっくりとできなかったことについて不満がでた。下見の時はもっと強行軍であったので、スケジュールを設定した田部氏と私の感覚ではかなり余裕を持たせたつもりでも、実際にはあわただしくなってしまった。二人での強行軍と20名の強行軍とでは感覚も違う。今後は考えねばならないことであろう。

●旅行中の連絡手段
 レンタル携帯電話の導入を検討したが料金がたいへん高価であり、断念した。事前に訪問先をほぼ確定して出発するので、携帯電話が必要になるのは緊急時だろうが、今後は考えていく必要があるだろう。日本で借りるよりもアメリカで借用・購入した方が安いかも知れない。

●女性メンバーの参加
 こうしたことを改めて項目をたてて言及する時代ではないはずなのだが、現実にはそうなっていない。1999年度も2000年度も、女性メンバーの場合は男性のメンバーよりも参加に臨む上でハードルが高いと言えるだろう……たとえば主婦であれば、育児を家族に任せて出ることが可能か、2週間近く、アメリカのような遠い地へ。それゆえ、かなり意識して公募をする必要があるとおもわれる。

●旅費の二重請求
 朝食代込みのクーポンという形式はあまりなじみのないものなのだろうか。支払い済みの宿泊料を帰国後クレジットカードからも請求されるというトラブルがあった。この件の対処は複数のルートを介して頼んだが、カード会社がもっともていねいに処理してくれた。請求額が高額であったため、泣き寝入りせずによかったと思っている。勉強だと思って根気強く対処することだろう。

●帰国後の作業
 帰国後の資料整理と報告書編集作業でほとんど研究時間がとられてしまった1999年度の反省から、2000年度は一定期間継続的に出勤してくださる方をアルバイトとして雇用することにした。原稿の遅れや作業工程の進捗状況をすべて自分が把握すると、心配でほかのことができなくなってしまう。この作業を一任し、時々状況をチェックすればよいようにした。編集作業は忙しい期間が偏っているので、それまでの時間は渡米によって得た資料の整理・登録、編集方針や書式の把握、到着した原稿の構成と用語の統一などの作業にあててもらった。伊東美恵子さん、どうもありがとう。  作業補助者の雇用には、労力と時間の節約だけでなく心理的意味がある。初年度一人でこれらをされた田部氏(およびご家族)の心理的負担はたいへんなものだっただろう。食べ物も喉を通らないようなことが何度かあったはずだ。うるさい葛西助手の参加も、心理的負担はともかく労力と時間の負担には多少貢献できたのではないかと思っている。
 教訓。
1. 一人でやった方が早そうでも決して一人ではやらない。
2. 継続して取り組んでくださる仲間(同僚)をつくる。
3. いなければ雇用する。(継続してやっていただければ仕事も任せやすい。それでも頼めないことがたくさん残っている)

●報告書編集とホームページ作成の工夫
・拡大写真を1999年版から小さくし、2000年度版はミシン目をつけて本冊に組み込んだ。これで扱いやすくなったと思う。
・印刷業者にホームページも同時発注できると便利。HTMLファイル作成そのものはワープロ等で簡単にできる。ただし、それを一つのウェブサイトへと組み上げる作業は、一定以上の知識と、かなりの時間を要する。プロジェクト運営者はもっと重要なことに力を配分すべきである。報告書のデータを流用できるので、校正等の手間もへらすことができる。
・事前に執筆準備をできる限り進めるように指導されたたまものも大きい。

●おわりに
 このメンバーのおかげでたいへんすばらしいものになったと感謝している。残念ながら、報告書からは私たちのグループのエキサイティングな日々を十二分に感じ取っていただくのは難しいだろう。メンバーの知的秀逸さ、臨機応変の対応と、ユーモアに幾度助けられたことか。20人の大移動というのはたいへんなことだ。何ごともなく帰ってこれただけでも、ありがたいの一言につきる。まして、報告書の編集を通して、自分が知らなかった世界をかいまみ、学ばせていただくことができた。
 最後に今年も「引き回された」、プロジェクト代表の大嶽幸彦氏、我妻敏博氏に感謝申し上げる。大嶽氏は会計面を引き受けられたこと、参加メンバーの事前研修について指示された他、(氏の専門である地誌学的な内容も含め)すべてゆだねてくださった。また我妻氏は英語書類の作成、通訳のまとめ役等、手の掛かる仕事をこころよくお引き受けくださった。

※本稿は、拙稿「にわか地理学者、アメリカへ」『上越教育大学社会科教育学会だより』第40号、平成12年3月をもとに、2000年度の経験を踏まえ、米日財団の恩恵のもと研究を進められる方のために、大幅に加筆したものである。

 アルタモント峠訪問のきっかけとなった記事は、環思想が世界経済にマクロな影響を与えている状況を説得力ある形で示している(新潟日報1999年12月27日、朝刊)。
 新聞記事、社会科教科書のコピー、地図、米政府機関のホームページ、下見の際の写真や資料などが、共通認識を形成するために回覧された。あらゆるものを教材にしてしまう先生方の能力にたびたおどろかされた。