ひとりごと

保存箱 2007.07-12

(リンク切れ等があっても修正しません)

● CONTENTS ●

07.12.10. 今さら“ネチケット”

to_HOME

  私がインターネットの世界に入ってきたころは,今より通信回線がずっと細くて,情報のやりとりにもっと時間がかかっていた。メールのテキスト情報のやりとりだけならなんとかストレスがかからない程度の速度があったが,画像やデータファイルを添付したりすると,とたんに処理が重くなった。メールも,たとえばメーリングリストにスパム投稿が紛れ込んで,短い時間に配信が集中すると,貧弱なサーバではすぐに回線パンク騒ぎが起こっていた。

  だから今のように,企業サイトに行くとどこもフラッシュ動画がうねうね動いている,なんてのは考えられなかった。あの頃だったら,きっとそんなページを作っても,サイトに接続したとたん,何十分も「読み込み中」で待たされたあげく,途中でタイムアウトして接続が切られてしまうのがオチではないだろうか。

  さて,そんな状態だったから,インターネットの利用のしかた(マナー)にもいちいちうるさかった。「対話相手に配慮する」という,一般社会にもあてはまるマナーを別にすれば,いちばんの大原則は,とにかく「ネットに負担をかけない」ということだ。そのために,不必要な情報を極力送らないよう,あちこちの啓発サイトに,いろいろな留意事項が事細かに掲載されていたし,インターネットの基礎知識として,あちこちのサイトからリンクが張られていた。

  “ネチケット”などと当時は呼ばれていたものだが,きっと今はそんな言葉も知らない人が多いのだろう。

  さて,ここからが本題だ。

  最近,メールを返信するときに,もとのメールをそのまま引用してくるメールが,なんだかとても多い。それこそ,最初の時候の挨拶から最後の署名まで。人によっては,いったいだれが読むと期待しているのか,本文以外のヘッダ情報(配送経路や使用ソフトなどが書かれている部分)までズラリと並べて返信してくる。しかも,それにさらに返信する人が,同じように全文引用してくるものだから,もとメールが二重三重に引用され,本文は「わかりました」のひとことなのに,その後ろに延々と百行以上も引用の文字列が並んでいるなんてことが,ままあるのだ。

  ちなみに,文章引用のネチケットに関して,インターネットに関する様々な技術標準を定めているIETFが公式的に出したネチケット・ガイドライン(RFC 1855)では,次のように書かれている。(高橋邦夫さんの訳したこの文書,何度読み返して勉強したかわかりません。)

  そっけなさすぎることがない程度に簡潔な表現を心がけましょう。メッセージに応答する時には、理解するために十分なだけのオリジナルの文書を含めておき、それ以上の部分は省略しましょう。ある1つのメッセージに返答するだけのために、前のメッセージの全文を引用して含めるのは、非常に悪いやり方です:無関係な部分はすべて削除しましょう。

  ついでに,これも私が昔からお世話になっている,岩崎宏さんの「Tips for E-Mail」もわかりやすく書かれている。

●引用は短めに。
必要なところだけを過不足なく。
相手の文を引用して議論する場合、その議論に関係する部分だけを引用するようにしましょう。無意味に関係ない部分やあるいは全文ひどい場合はsignatureまで引用している人がいますが、これは読み手に苦痛ですし、論点が見づらいです。
必要であれば、内容の改変にならないかぎり、一部を取りだす、改行位置を変えるなどの編集をしても構いません。
しかし、あまりに短く引用すると、相手の文意が正しく伝わらないことがあります。かといって、長いと冗長で読み辛くなり、あなたの意図が正しく伝わりません。
基本としては段落を単位とするのがいいと思います。
 

  この全文引用,まあたしかにブロードバンド環境が整った現代では,この程度の負荷がかかっても,ネットワークにはなんの支障もないのだろうが…。

  しかし,私はこれが不快でしょうがない。古いネチケットが染みついているからだけではない。実際に困るのである。たまに,だいじなメールを,保存しておいたファイルの中から探し出すために,検索をかけるのだが,キーワードに引っかかってくるメールが以前とくらべて格段に多くなった。引用された部分が全部検索にかかってしまうからだ。したがってそのぶん,肝心のもとメールがどれなのか,またそこから苦労して探し当てなければならない(今度は視認に頼るしかないので)のである。

  本文だけが重要なときは,引用部分でも,とにかくわかればいいのだが,もとメールがいつのメールなのか,誰から来たメールなのか(発信した人の名前ではなく発信元アドレス),といったことが重要になる場合も多々あって,そんなときはほんとうにイライラさせられる。

  だから。

  全文引用はやめましょう。いや,ぜひやめてください。メールソフトに全文引用のオプションがあるなら,すぐにチェックを外してください。相手の話を理解したのなら,要点だけを引用できるはずです。黒ヤギさんと白ヤギさんとのやりとりじゃあるまいし,全文引用を幾重にも積み重ねた頭の悪いメールを,私は見たくありません。

  ついでだから言っておくと。

  HTMLメールを無条件に送ってくるのもやめてください。

  メールに書いてあるテキストの内容が伝われば,たいていの場合は十分である。体裁をきれいに整えても,だいじなところを赤で書いても,ゴシック体で強調しても,そうたいしてわかりやすさは向上しないものだ。長い文書なら別だけど,メールに書く程度の文章量であれば,テキストだけでも,表現のしかたはいくらでも工夫できるはず。

  一方で,確実にメールの大きさは増大する。通常,HTMLメールはテキスト情報だけのパートとタグがついたパートの2つで構成されるので,単純にみてもテキスト情報の2倍,それにタグ情報が細かくついてくるから,3~4倍の大きさになる。Wordなどのアプリケーションから直接送信すると,上下左右のマージンやら行間隔やら使用するフォントやら,印刷時に設定する情報をすべて盛り込んだうえに,1行ごとに修飾情報が入っていたりするので,大きさはときに10倍以上にもふくれあがってしまう。その大半が,無駄な情報なのである。おまけに,単語の途中で改行し,その中にタグ情報が入ったりするものだから,検索のときにうまく単語が引っかからなくなったりする。まったく,じゃまにしかならない情報である。

  だから,HTMLメールもぜひやめてください。メールソフトにHTMLメールのオプションがあるなら,すぐにチェックを外してください。

  お願いします。

ポイント

07.12.07. 実験と失敗

to_HOME

  先日,研究室でつけていたラジオから,エジソンの失敗とかいう話がチラリと聞こえてきた。なんだか妙に気になって検索してみると,あるある。私ははじめて聞いたが,けっこう有名な話らしい。

  かいつまんで言えば,エジソンは電球を発明するまでに10,000回失敗したそうなのだが(この回数は,サイトによって5,000回であったり,20,000回だったりまちまちなのが,いかにも噂話らしいところだ),インタビュアーに「10,000回も失敗するなんて,ずいぶん苦労しましたね」と話を向けられると,エジソンは,

「失敗なんかしたことがないよ。うまくいかない方法を10,000通り発見しただけだ。 (I have not failed. I've just found 10,000 ways that won't work.)」

と答えたというのである。

  このエピソード自体はどうってこともないのだけれど,私が気になるのは,この後に続く教訓である。ここから「エジソンは超前向きだった」とか「ポジティヴ思考が重要」とか,「失敗してもあきらめない」などといった教訓がくっついて語られているのであるが,これってそんなに大げさに取り上げられることなのだろうか? 発明とか技術開発の分野では,あるいはもう少し範囲を広げて,実験的研究の世界では,これはごくふつうのことなのではないだろうか。

  もちろん,10,000回という数字は常人の範囲を遙かに超えているかも知れない。その点ですごいというのなら認めるが,しかし基本的に実験研究は,成功・失敗という単純な二分法では語れない。とくに失敗は,「失敗して残念でしたね」とひとくくりにできるようなものではない。たとえばエジソンは,電球のフィラメントに竹を使うのが最適であるという結論に到達するまでに,数多くの素材を使ってテストしたはずだが,そこで得られる結果は,○○をフィラメントに使うと明るさが足りなくて使えないとか,△△を使うと明るいが寿命が短いとか,××はまったく光らないとか,□□はすぐに燃え尽きるとか,そういう具体的なものだろう。それを参考に,次はその弱点を補い,長所がもっと前面に出てくるような素材を探す,ということになるはずだ。

  「まったく光らない」という結果であっても,なぜ光らなかったか,予想と何がちがっていたのかを考えることで,次の素材選びに少しでも役立てようとするのではないだろうか。毎回毎回,ただの思いつきでランダムに素材を選んで実験するなら,それは失敗でしかないが,通常,実験での失敗からは,いろいろな情報を手に入れることができるのであり,それが次の実験に活かされるのである。

  つまり,そもそも「この素材では電気がつきませんでした。失敗です。」みたいなどうしようもない失敗を仮定することに無理があって,たいていの失敗は,「この素材はダメだったけれど,この部分を改良すれば…」といったヒントに満ちあふれているものだろう。次は,それを参考に,テストする素材を選定すればよいのである。修論だって卒論だって,そうやって先行研究を改善しながら,新しい知見を付け加えていくわけだ。だからエジソンも,ごくふつうの感覚で「うまくいかない方法を10,000通り発見した」と思っていただけなのではないか,と思うのである。

  もっとも,そうはいってもわれわれ凡人は,何度か失敗を繰り返すうちに,改良するためのヒントがもう見つけられない,いわゆる煮詰まった状態にすぐに陥ってしまうわけで,繰り返すが,10,000回の失敗からも冷静に次へのヒントを読みとれるというのは,たしかに驚異的な能力ではある。

  ところで,とあるサイトでは,このエピソードをこんなふうに紹介している。

  あるとき,実験していたら大きな爆発が起きて,危うく死にかけた。エジソンのアシスタントは怒って,「お前は何度失敗したら気が済むんだ,俺を殺す気か」と言ったが,当のエジソンはまったく見向きもせず,結果をノートに書き込んでいた。そして言った言葉が,「私は電球が付かないやりかたを1つ発見した。そして爆発を起こす方法も」と。

  最後,アメリカン・ジョークふうのオチがついていたり,アシスタントのくせに「俺を殺す気か」と怒鳴るって,いったいあなた何者? という疑問もあって,かなり怪しいエピソードなのだが,それよりなにより,このアシスタント,失敗に対して「何度失敗したら気が済むんだ」とか反応している時点で,そもそも実験とは何かがわかっていない。さっさと解雇した方がいいと思うよ。

ポイント

07.09.25. 相性最悪

to_HOME

  図書館の貸出機が新しくなった。…などと書いたら,図書館のヘビーユーザーの人たちから笑われそうである。なにしろ,いつ新しくなったのか知らない。今年なのか昨年なのか,あるいはもっと前なのか。じつはそれくらい,図書館で本を借りていない。

  学生のころは,「私の本棚は図書館だ」と公言していた。それくらい,図書館には入り浸っていたし,どこにどんな本があるか,けっこう詳しかった。専門の本だけではない。私のいた大学は,中央図書館の他,医学系と体育・芸術系の図書館が利用できたので,画集やら絵画技法の入門書やら,スポーツのかなりマニアックな解説書やら…,週末に借りて読む(眺める?)本には事欠かなかった。海外の絵本もたくさん並んでいた。

  では,うちの大学に来て,なぜそれほどまでに本を借りなくなったのかといえば,それはひとえに先代の貸出機と決定的に相性が悪かったせいである。先代の貸出機は,職員証のカードを溝に入れ,スライドさせて読み取る方式だったのだが,私の場合,一度で読み取ってくれたためしがない。1回だけではない。10回やってもエラー音がむなしく鳴り続ける。もちろん,速さとか角度とか微妙に変えているのだが,まったく受け付けてくれる気配なし。見かねたカウンターのお姉さんが,代わりにやってくれるのだが,これがまた悲しいほど簡単に,たった1回で読み取ってくれてしまうのだ。

  他の人がやってもエラーが出れば,カードのせいにもできるが,そうではないとすると,やはりこれは私自身の問題なのだろう。しかし,他にもスライド式の読み取り装置がいくつもあるが(図書館の入り口もそうだ),そこで引っかかったことは一度もない。それどころか,これまでの生活で,機械に嫌われるというような経験自体が,まず思い浮かばない。どちらかといえば,機械モノとは仲良しだったと思っていたのだが,それだけにこの貸出機との徹底した相性の悪さは,ショックだった。

  結果,自然と図書館から足が遠のいていく。原稿を書くときなど,どうしても借り出さないといけないときは,「機械に嫌われているので」と言って,最初からカウンターに持ち込むのだが(このあたりは,教員はちょっとわがままがきく),それもあまり頻繁に使うのは気が引けて…。

  というわけで,今回,ほんと何年ぶりだかわからないくらいしばらくぶりに本を借りにいった。意を決して出かけたのである。見ると,見慣れた貸出機とはちょっと違った姿の貸出機が立っている。タッチパネルだ。カードの読み取り部分も,カードを差し込んで読み取る方式なので,たぶんスライドさせるスピードとか角度とか,うるさいことはないはずだ。よかった!

  さっそくカードを機械に入れたら,なぜか押し戻される。裏返しにして入れてみても入らない。ありゃ,また嫌われたかと思ったら,すっかり舞い上がってタッチパネルの「貸出」ボタンをちゃんと押さずに次に進んでいたようで,あとは順調に手続きが済んだ。やれやれ,今度の貸出機とは仲よくやっていけそうだ。嫌われないようにしよう。

ポイント

07.09.19. ゆとり・2

to_HOME

  まさか,すぐに続編を書くことになるとは思っていなかったが,学会でおもしろい話を聞いてきた。数学の学力テストを開発して問題解決に関わる思考過程を分析している人たちが発表したシンポジウムでのことだ。

  アジアの国々との間で問題解決過程の国際比較を試みている藤村さんが,日本の子どもたちの特徴のひとつとして,わからない問題に対して無解答が多いという指摘をした。学校で習っていない事項に関する問題を出しても,たいていは知っている知識を駆使してなんとか答えを出そうとするのだが,その中でも日本の子どもたちは,知らない問題には手を出さないという傾向が強いそうだ。詳しい数字は忘れたが,たしかその場で報告されていたのは無解答率7~8%程度。しかしこれは,調査対象校がこうした学習に力を入れているためで,学校によっては20%に達するとのこと。

  それに対して,別のグループの松下さんは,1つの問題の解決過程を根掘り葉掘り時間をかけて聞いていく方式の学力テストを使っているので,無解答はほとんどない,せいぜい2~3%だろうと言っていたのである。

  最後の討論の時間に出てきた逸話的なデータに過ぎないので,ここから何か言うのはむずかしいのだが,この話はひじょうに示唆的だ。無解答が多いということ自体は,以前から指摘されていたことで,それは日本人の失敗不安の強さと関連づけて論じられてきた。日本人は他人の前で失敗することを極端に嫌うので,よほど自信がないと課題に取り組むことさえしないというのである。しかし松下さんたちのように,少数の問題にじっくり取り組ませ,しつこく解決のしかたを聞いていくと,みんな課題に取り組むようになる「可能性がある」のである。これはつまり,寺脇さんが言っていた「ゆとり」のねらいとつながるのではないだろうか。

  授業時数を増やして学習内容も復活させるという今回の教育改革の流れは,心情的には共感できるところもあるのだが,あくまで高学力層向けの改革だろうと思う。寺脇さんが問題提起した落ちこぼれ層がこの改革でどう救われるのか,だれかきちんと説明しているだろうか。

  「落ちこぼれ」と名づけられていたころは,まだごく一部の子どもたちの問題,というイメージがあったが,昨今の学力調査の分析では,勉強する層としない層との「二極分化」が進んでるらしく,勉強しない層はけっしてごく一部の子どもたちではなくなっている,といえるだろう。学習内容を減らして時間的にゆとりを持たせればいいというのは単純に過ぎるが,しかし,「昔はこんなに勉強していた。こんなことも教えないとは何ごとか。」式の改革が進み,勉強しない層をどうするかという問題に焦点が当たらなくなってしまうとすれば,これはひじょうに大きな問題だろうと思う。

ポイント

07.09.12. ゆとり

to_HOME

  昨今の教育改革論は,なんだか「ゆとり教育」なるものを目の敵にすることで盛り上がっているところがあって,どうにも気持ちが悪い。ゆとり教育が学力を低下させたらしいのだが,このあたりの議論がひじょうに曖昧なのである。学力低下を示すデータも,きちんと詳細に分析されてはいないようだし,それがゆとり教育とどのようにからんでいるかもよくわかっていない。みんなそれぞれのイメージだけで論じているように見える。

  そのくせ,子どもたちが何か問題を起こすと,すぐに「ゆとり世代だから…」とひとくくりにし,ゆとり教育の欠点と無理やりつなげて論じられてしまう。それはほとんど「近頃の若いモンは…」と同程度の,根拠に乏しいボヤキでしかないのに,さも合理的な推論であるかのように喜々として説明するメディアの自称論客たちにはうんざりだが,ゆとり教育のせいにしたとたん,スタジオの人たちがみんな納得してしまうのも不気味だ。

  あちこちでくすぶっていた「ゆとり教育批判」に,いっきに油を注いで燃え上がらせたのが,例の「教育再生国民会議」だったのではないだろうか。「教育再生」とはまたたいそうな命名だが,「再生」という言葉には妙に引っかかる。これって最初から「昔はよかった」式の議論に持ち込みたいのが見え見えだよね。いったい,いつの時代の教育を生き返らせたいのか心配になってくる。もっとも,ふつうに名前が思い浮かぶ「教育改革国民会議」は,すでに過去に招集されていて,これまたひどく復古調の議論を展開していた“前科”があるのだが。

  ところで,何でもかんでも引っくるめて「ゆとり教育」と呼ばれているが,そもそもゆとり教育とはなんなのだろうか? よく言われるのは,「授業時数の削減と学習内容の厳選」,「生活科や総合的な学習の時間の導入」,「学校週五日制」,「到達度評価の導入」あたりだろうか。

  私も教育政策に関しては素人なので,たしかなことは言えないのだが,これらが導入された経緯から見ると,「ゆとり」と直接つながっているのは,「授業時数の削減と学習内容の厳選」だけなのではないだろうか。当時ゆとり教育の旗振り役だった寺脇研さんが指摘したのは,教える内容が多すぎて全部こなすのに精一杯,どうしても授業が駆け足になってしまっているという現実だ。教師は常に忙しくしていて,じっくりていねいに教えられないし,落ちこぼれもどんどん増えていく。学力を補うために,夜遅くまで塾をハシゴする子どもたちも目に余る。この流れを断ち切るためには,一度思い切って教える内容を厳選し,誰でも理解できるようていねいに教えられる環境作りが必要だ,ということだった。それをやった上で,余裕があるようなら新しい時代に必要な学力を考え,教える内容を増やしていこうと。主張内容への賛否はおいておくとして,少なくともこれは「ゆとり教育」と呼んでもいいだろう。

  「学校週五日制」は,もともとは労働時間の短縮という“大人の事情”からきていたはずだ。週休2日制の浸透を後押しするために,公務員をいち早く完全週休2日制とし(教員への適用は遅れていたが,規模が大きいので,完全実施になったら影響は大きいだろうというので),ついでに子どもたちも休みになったら,土曜休業に弾みがついて一石二鳥,というような考え方だったように記憶している。だからこれは,子どものゆとりを第一に考えた施策ではなく,たしか文科省オリジナルの発想でもなかったのではないだろうか。

  しかもその後,ほかにもいっぱい国民の休日が増えてしまって3連休も珍しくない状況になった。その結果,授業時間の確保はますます窮屈になり,ゆとりどころか楽しい学校行事をどんどん削減しないといけない始末。休日の合間に登校日があるような週では,子どもたちの学習への構えを作るのに一苦労,という問題もあるそうだ。

  そして私が言いたいのは,「生活科や総合的な学習の時間の導入」と「到達度評価の導入」の問題である。生活科は,始まった当初から「目標もなく評価もなく,子どもたちは遊んでいるだけ」という極端な誤解にもとづく批判が相次いでいたが,今はこれが,学習内容の厳選とからめて扱われ,まるで子どもたちに勉強をさせず,好き勝手に遊ばせているのがゆとり教育であるかのように語られることが多いのが,困ったところである。

  これらは,「ゆとり」というよりは「新学力観」に対応するものである。教わった知識をため込むだけの「もの知り」型学力ではなく,学んだ知識を駆使して自分で問題を解決できる学力(構想力や表現力を含めて)を作っていこう,また教科の学習内容を身近な生活とつなげ,応用的・総合的に考えられる力をつけていこう,というのが生活科・総合学習の最初のねらいだったはずだ。その後,道徳が入ってきたりして,少し性格が変わってしまったが,根本はそこだった。つまりは,「生きる力」である。だから評価も,他人とくらべてどうのこうのではなく,どの教科のどの部分ができているのかいないのかを具体的に示す方が,改善のための情報になるということで,到達度評価が導入されたはずだ。

  もっとも,生活科・総合学習が必ずしもうまくいっていなかったことも事実で,しっかり取り組んで成果を上げている学校がある一方で,何をやってよいかわからず,おざなりな授業をしていたり,実質的に他の教科に転用しているような学校も少なくないと聞く。

  しかしこれは,ゆとりの問題ではなく,むしろ新学力観の普及に問題があったのではないだろうか。私自身は,この教科の指導者をきっちり育てないままに見切り発車してしまったことが尾を引いているのではないかと思っている。なにしろ,生活科・総合学習の時間を担当する教員の多くは,ガチガチの詰め込み教育の中を生き残ってきた世代の,いわば新学力観とは対極にいる人たちなのだ。彼らにそうした学力がないというのではなく,教育に対する考え方がまったくちがっていて,その中でもしっかりやれて来た人たちなのだ。まずそういう人たちに,新学力観の意義をきちんとわかってもらわなければ,生活科も総合学習もうまくいくはずがない。表面的な指導技術の研修をいくらやっても,それだけでは,とてもこの新しい教科をまともに運営するのは不可能なのである。

  先日,総合学習の見直しに関する新聞記事の用語解説を見ていたら,「とくに中学高校の教員から批判の多かった総合学習」というフレーズに出合った。しかし私が耳にするのは,もう少しニュアンスの異なるフレーズである。すなわち,「中学高校の教員は,教科の枠に閉じこもっていてなかなか出てきてくれない」と。私は,講演などではわりとはっきり総合学習を擁護する発言をしているので,終了後に話しかけてくれるのはたいてい総合学習を任された先生方。自然と話は他の先生方への不満へと向かう(だから,ある程度バイアスがかかっていることは承知しておかないといけない)。彼らの話に驚くほど共通しているのは,「小学校はみんな協力してくれるのでうらやましい。中学高校は,任された先生が何から何までやらないといけない。」というため息だ。そして先ほどの「教科に閉じこもって」が続く。つまりは,教員自身の応用力・総合力がまず第一に問われているのだ。このあたりの育成をおろそかにしてしまったのが,敗因だったのではないだろうか。

  そしてこの問題はまた,おそらく総合学習を批判する人たちにも当てはまるだろう。彼らの多くは,総合学習を支えている教員よりもっと年齢が高く,社会的地位(?)も高いだろうから,いささか強引にまとめれば,詰め込み教育にもっともよく適応してきた人たちといえそうだ。だとしたら,そうした人たちが新学力観にもとづく授業を理解するのは容易ではないだろう。

  私自身も,この問題を少し楽観視しすぎていたところがある。つまり,もっと時間がたって,生活科世代が教員になり親になれば,総合学習への見方が変わってくるし,みんなもっと手を貸してくれるようになるだろうと考えていたのである。しかし今の状況だと,残念ながら,生活科・総合学習はそこまで持ちこたえられないかも知れない。

  ご存じだろうか。生活科が導入された第一世代が,そろそろ就職期を迎えつつある。研究指定校などで一足先に生活科を経験した人たちは,すでに社会人になっているはずである。彼らの成長に合わせて総合学習も導入されたから,彼らは総合学習でも第一世代に当たる。生活科・総合学習が指向してきた「生きる力」は,先生や親がレールを敷いていてくれる学校教育のシーンではなく,自分自身で歩き始めてから,その真価を発揮するはずである。つまり,いよいよこれからが勝負なのである。就職した彼らがこの先どのように行動し,成果を出すかが,ほんとうの意味での生活科・総合学習の評価になる。この授業は,そういう長期的な視野に立っているのである。

  だから,彼らが教員になったときに,総合学習がどのように展開していくか,彼らが親になったときに,子どもの総合学習をどのように支援してくれるか,私自身はとっても楽しみにしているのであるが,願わくはそれまで総合学習が生き延びてくれますように…。

ポイント

07.08.24. 最高気温

to_HOME

  日本の最高気温の記録が,じつに74年ぶりに更新されたとか。40.9度。しかも,岐阜県多治見市と埼玉県深谷市という,けっこう離れた2ヵ所で同時に記録されている。そのうえ深谷では,ダメ押しのように,3日連続40度超えという記録のおまけ付き。これまでの国内最高気温の記録が40.8度だから,たった0.1度の更新なのだが,おまけも含め,これだけまとまって更新されると,やっぱり“ぶっちぎりの速さ”で抜き去られてしまった感が強い。

  …なんてことにブチブチこだわっているのは,何を隠そう,これまで74年間も日本の最高気温記録を守り続けてきたのは,わが故郷山形だからである。隠すも何も,最高気温が40度を超え,記録更新への期待(?)が高まりはじめたあたりから,ニュースのついでによく参考知識として紹介され,古い記録がひさびさに脚光を浴びて素直に喜んでいたのだ。いや,ほとんどの人は,そんな細かな記録の比較になど関心を向けていなかったと思うけれど,山形県人としては,「今日は記録的な暑さだった。ちなみに,日本の最高気温はもっと高くて,山形市で記録された。」という,そんななにげない一言にも,つい,ちっぽけな優越感を感じてしまうものなのである。

  何であれ,山形の数少ない「日本一」が,またひとつ消えてしまったのは,残念だ。たしか山形の測候所には,40.8度を記録した日の日記だか手記だかが,パネルにして飾ってあったと思うが,あれはどうなるのだろう。もっとも,高校生のころの記憶なので,もうとっくに取り外されているのかも知れないが。

  そしてまた,日本の最高気温記録を保持しているのが,意外にも北国山形であり,それは盆地という特性ゆえである,というネタは,どうでもいい知識をひけらかして無理やり人に「へえ」と言わせる機会を虎視眈々とねらっているオヤジにとっては,かっこうのネタでもあったわけで,その意味でも,今度の記録更新はひじょうに痛いのである。

ポイント

07.07.24. “なげる”と“すてる”

to_HOME

  週末,宮城県で,小学校の校門前で児童が刺されるという痛ましい事件が起こった。われわれ世代の人間からすれば,学校というところは100%安全なところであり,外部の人間が入り込んで殺傷事件を起こすことなど,およそ考えられないことだった。「学校に行って,子どもを傷つけよう」などと思いつく人など,おそらく一人もいなかったにちがいない。それくらい,学校というところは特別な場所,ある種“聖域”であった。とくに何の根拠もあるわけではないが,暗黙のうちにそう信じてきたし,そう信じて子どもたちを警護もなしに登校させてきたわけだ。しかし,最近はもうすっかりそんなのは遠い昔話になってしまった。校門は閉ざされ,玄関にはカギがかけられ,教室には防犯用具が常備されているのが,現代の学校である。さびしいかぎりだが,しかたがない。

  ま,それはそれとして。

  事件後の犯人を目撃した近所の人へのインタヴューというのが,ニュースで流されていた。その人は,「犯人は凶器の刃物を<投げて>,向こうへ歩いていった。」と方言で答えていて,画面上のテロップも,そのまま文字になっていたのだが,お隣山形県出身者から言わせてもらうと,たぶんこの場合,「投げる」というのはポーンと放り投げたわけではない。単純にその場にポイと「捨てた」のだろう。その証拠に,その人が指し示していたのは,すぐ斜め下の地面……だったように私には見えたのだが,ほんの短いインタヴューで,おまけにその方言問題に気づいたのも遅かったので,もしかすると脳内で都合よく変換したマボロシだったかも知れない。

  山形弁で,「なげる」は「捨てる」の意味である。宮城弁も,たぶん似たようなものだと思うのだが,よくわからないので,もしちがっていたら誰か教えてください。犯人が凶器をその場に捨てたのと,凶器が見つからないよう,遠くへ放り投げたのとでは,犯人に対する印象がだいぶちがってくるから,このあたりは注意が必要だ。

  妻の証言によれば,もっと長くインタヴューの内容を紹介していたニュースがあって,そこでは一部,方言がキツくてなんと言っているのかさっぱりわからない部分があったそうで,そこはテロップも出ていなかったそうだ。きっとバラエティ番組であれば,「#%$&■@§△?」などとテロップが出されるところなのだろうが。

  でも,もしかしたらそこにとっても重要な証言が隠されているかも知れないではないか。TV局は,映画の字幕監修者のように,地方系列局の人にしっかりテロップをチェックしてもらった方がいい。

  さて,では山形弁で「捨てる」と言ったら,ほんとうはなんと言っているのだろうか。

  娘が3歳くらいだったころ,山形からおじいちゃん・おばあちゃんがやってきた。ちょうど天気がよかったので,近くの公園に散歩に出たら,雑草の中からクローバーの花が顔をのぞかせていた。それを見つけたおばあちゃんが,花で編んだ腕輪を作り始めた。まだ咲き始めで数が少なかったので,とりあえずそのあたりで見つけた花を使って,小さな腕輪を作って娘にあげたところ,娘は予想以上にその腕輪を気に入った様子。

  気をよくしたおばあちゃんは,間に合わせではない,本格的な太い腕輪を作ろうと,作業にとりかかった。しかし,クローバーの花はなかなか集まらない。間に合わせの腕輪がゆるんでバラバラになりかける中で,待ちきれなくなった娘が,「おばあちゃん,まだぁ?」と催促する。

  おばあちゃんは,「もうすぐできあがるから,それまでその腕輪を<してなさいね>。」と,正しい山形弁で答えた。少なくとも,山形出身の私にはたしかにそう聞こえた。すると娘は,一瞬考えた末,つけていた腕輪をひょいと外して,地面に<捨てた>のであった。

  だから,たとえば山形弁の目撃者が「犯人は手袋とマスクを捨てた」と語ったとしても,あわてて探さない方がいい。もしかすると手袋とマスクを<していた>だけなのかも知れないから。

ポイント

07.07.19. 意外と大丈夫なもので… Returns もしくは原発火災

to_HOME

  <地震での被災を心配してメールや電話をくれたみなさんに,報告します>


※※※

  まさか,たった3年後に同じような文章を書くハメになるとは,思ってもみなかった。地震のことである。中越沖地震と名づけられたこの地震,規模は3年前の中越地震とまったくおなじ6.8。上越市の震度は,宿舎に近い大手町で5強らしい。市町村合併で市の範囲がだいぶ広くなったので,震源に近い地域では6弱の震度も報告されているらしく,ちょっと情報が交錯していたのだが,いずれにせよ,3年前は5弱だったから,それよりも激しかったということだろう。たしかに今回の揺れは,体感的にもひどかった。

  シチュエーションも3年前とほとんど同じ。午前中か夕方かのちがいはあるが,お休みなのでのんびりソファに腰をおろしていると,急にまわりのものが,カタカタ小さく震え出す。午前10時13分。「地震だ…」 洗面所の方で仕事をしている妻に声をかける。動き回っていると気づかないかも知れないと思ったからだ。

  前回は,初期微動を感じるか感じないかのうちに大きな揺れが来たのだが,今回は,妙に長い縦揺れが続いていた。実際にはほんの短い時間だったのだろうが,感覚的には,いやな“間”だった。そして横揺れがやってきた。

  洗面所に立っていた妻は,まわりにつかまっていないと立っていられなかったそうだ。私も,腰を浮かせていつでも行動できるようにと身構えてはみたものの,そこからまったく動けず。足をすくいあげられるような揺れの中で,テーブルにおいた手を突っ張って体を支えているしかなかった。横揺れの激しさは,たしかに3年前を上回っていた。

  3年前,激しく暴れる蛍光灯をつかまえてくれていた息子は,もう大学に出てしまったので,今回は私が支える。ちょっと凝ったデザインのため,重い蛍光灯だ。ひとしきり揺さぶられたあと,少し落ち着いてきてから行動を開始したとはいえ,体を不安定に伸ばしながら立っているのはつらい。蛍光灯の揺れに引き込まれそうになる。

  そんな揺れでも,家というのは意外にしっかりできているもので,小さいものが倒れた程度の“被害”はそこそこあったが,ものが床に落下したり家具が倒れたり,といった大きな問題はなかった(これを“大きな”と言ったら,柏崎の人たちに申し訳ないが)。電気も水道も問題なし。3年前もおや?と思ったのだが,震度5で安全装置がはたらくらしいガスも,何ごともなかったように使える。どうやら,こちらは大きな被害を免れたらしい。

  となると,次に心配なのはどこが震源なのか,だ。近くなのはまちがいない。また中越なのか…。揺れが収まるのを待って,さっそくTVをつける。発生して間もないというのに,画面には各地の震度と,震源を示す×印のついた地図が映し出されていた。「震源は上中越沖」というよくわからないアナウンスだったが,印がついているのは柏崎あたりらしい,仕事でよく行っているところだし,その週も行く予定が入っていた。

  なじみがあるだけではない。気になることはもうひとつあった。 原発だ。

  柏崎には,東京電力の大きな発電所がある。前回の地震では,とくに大きなトラブルは報告されていなかったが,しかし今回は,ずっと震源に近い。大丈夫だろうか?

  娘が心配して,お見舞いの電話をかけてくる。ここに住んでいる私たち以上に原発問題に敏感らしく,娘は妻に根掘り葉掘り聞いているようであったが,しかし,その時点では,私たちにもまだ何も情報は届いていなかった。娘の電話が切れたすぐあとくらいだろう,第一報が入る。「放射能漏れはなし」と。しかし,ほっとしたのはほんのわずかの時間だけだった。

  TVで状況をしゃべり続けていたアナウンサーの声が,急に緊迫したトーンに変わったと思うと,画面にはけっこうな勢いで黒煙を吐く建物が,大きく映し出された。原発の建物だった。

  原発で火災が発生したが,建物内ではなく屋外からの出火であること,消防車はまだ到着しておらず,所員が初期消火中であることが,手短に述べられる。画面は遠くから望遠レンズでねらったものらしく,詳細はわからない。

  すぐに続報が入る。出火したのは原子炉のある建物とは離れた別の建物の,しかも屋外の変圧機であるため,原子炉への影響はないとのこと。しかし,消防車は出動要請が多すぎて来られないらしい。え? そのうえ所員による消火も,「配管の問題で」水がじゅうぶんに出ないため難航しているとのこと。え? え? 大丈夫なの,ほんとうに?? 原発の関係者に電話が通じるが,情報は先ほどのアナウンスの内容を繰り返しただけ。どうも直接現場のことを把握してはいない様子。それ以上に,話し方がやけに落ち着き払っているのが気にかかる。安全性をこれっぽっちも疑っていないというか,火災が発生しているという緊迫感が感じられない。妻が「この人,どこの人? 現地にいる人じゃないよね?」と聞いてきたくらいだ。ここまで楽観的だと,かえって不安が増す。

  やがて,上空からの映像が入る。変圧機が炎に包まれている様子がよくわかる。そして,そのまわりには人影がまったく見られないことも。たしかに消火用のホースらしい白い線がいくつか映っているのだが,だれも消火活動をしてはいなかった。監視している気配すらない。その中で炎は,わがもの顔で燃えさかっているのであった。けっきょく,消防車が駆けつけたのが約1時間後,鎮火したのがそのさらに1時間後。たしかに火災に関しては,大きな問題はなかったのだけれども…。

  さて消防車のことだ。[以下,毎日新しい情報が入ってくる状態なので,今日まで2回ほど記述を修正したが,きりがないので,この時点での情報をもとに,確定してしまうことにする。]

  大きな災害だから,出動要請が多いのもわかるし,いったん救助作業に入ったら,向こうの方が大事だからといって簡単に引き上げるわけにはいかないのも,よくわかる。同じような問題は,阪神大震災のときから指摘されていたはずだ。しかし,というか,だからこそ,原発の火災という“特別な”事態への対策がどのようになっていたのか,とても気になる。他の出動に押されて後回しになってしまうような体制でいいのだろうか。そうでなくても,地震となると道路が損壊したり,崩れた家屋や塀が道路をふさいで,交通が困難になることが予想される。そういう混乱した状態の中でも,原発の事故という重大事態に迅速に対応できるよう,シミュレーションくらいはやられていて当然だと思うのだが。阪神・中越と,われわれは貴重な教訓を得てきたはずではないのか。

  というか,一般の消防車をあてにしないといけないというのが,そもそもおかしいのではないだろうか。小さいころ,「サンターバード」を見て育ってきたせいか,ああいった特別な重要施設には必ず専門の消防隊が常駐していて,自力で消火するものだと,根拠もなく思ってきた。だって,放射性物質という特殊な物質を扱う可能性があるのだもの,専用の特殊な消火液や,安全に汚染区域に入っていける特殊作業車を備えているにちがいないと思うし,そうした作業用に特別な訓練を受けた人たちがいるのだろうと考えても,おかしくはないだろう。

  しかし,それは人形劇の世界でしかなかった。現実には,その後の報道によると,自前の消防組織があるにはあったが常駐ではなく呼び出しであり,当日は休日ということもあって最小限の当直(一般の作業員)しかいなかったらしい。だから,小型ポンプ車も配備されていたが,使い方がわからなかったとのこと。おまけに,地震で配管が破損して給水できなかったため(最初,「配管の問題」で水が出ないとしか説明がなく,てっきり工事ミスかと思ったが,さすがにそれはなかったようだ),早々に消火をあきらめ,爆発の危険があったので避難していた,ということらしい。なんと言ったらいいのか…。

  そういわれてみれば,「サンダーバード」の時代にくらべ,電子機器による監視・制御技術が格段に発達したことにより,巨大施設でもはたらいている人間はごくわずか,というのを売りにしている施設を見かけることが多くなった。きっと,想定の範囲内でのトラブルであれば,十分解決可能なように,いろいろと考えられてはいるのだろう。しかし,自然はわれわれ人間の想定通りに動くわけではない。そんな想定外の事態に陥ったときに,ごく少数の,しかも必ずしもそれぞれの問題についてのエキスパートではない当直員が,オールラウンドに対処しないといけなくなるというのは,考えてみれば恐ろしい話ではある。

  ところで。

  今回の事故で原発の安全性に疑問符が打たれ,安全性が確認されるまで,運転を停止するよう命令が出た(市長が命令権限を持っているというのは,はじめて知った)。そのため,この夏の電力需要に対応できないのではないかという心配が起こっているのだが…。

  あまり報道されていないが,深刻な電力不足に陥るのは東京電力が管轄する地域,すなわち関東地方である。地元新潟は,東京電力ではなく東北電力がカバーしている地域なのである。ご存じだろうか? 柏崎刈羽原発で発電している電力は,地元にではなく,もっぱら関東に送られているのである。このあたりに,問題の根深さがあるように思う。原発火災のあと,東京電力の社長が新潟県知事に謝罪に訪れた際,「今度のことをいい体験に生かしていきたい」などとのんきな発言をしていた。まあ,東京本社の椅子に座っている人たちから見れば,しょせん「日本の裏側」で起きた事故でしかないのかも知れないが,リスクを田舎に背負わせて,都会は恩恵だけを享受するという構造が,ここにも見られるのである。

  今回の震源断層が,原発の真下にまで伸びている可能性があるとすれば,今後,原発が再稼働するまでには,そうとう時間がかかるだろう。もしかすると,再開不可能になるかも知れない。となったら,ここはぜひ,東京電力いちばんのお得意様である東京都民の代表である石原都知事に一肌脱いでもらい,「東京電力の原発は,電力安全保障の観点から,地元東京湾岸に誘致する」くらいのことを,言ってもらいたいものだ。東京の人たちを納得させられるくらいの厳しい基準で安全性が確保されるのであれば,きっと全国どこでも,同じ基準で原発を受け入れてくれるのではないだろうか。

ポイント

07.07.12. ちょっと引っかかる

to_HOME

  選挙に向けたキャンペーンの一環なのだろうか,朝日新聞に「安倍政権と女性」という企画記事が,3日間にわたって連載された。女性が子どもを育てやすく,働きやすくするために,社会全体が支援していこうという昨今の流れに沿って積み重ねられてきた政策が,「伝統的家族観」を重視する安倍政権によって揺り戻され,動き出した女性たちが,身動きがとれなくなっているというのが,全体の趣旨である。

  とりあげられている個々のエピソードは,以前からあちこちで指摘されてきたことでもあり,全体としてはおおむね納得できる内容なのだが,細かく見ると,どうも引っかかりを感じてしまう。

  たとえば1回めは,社会全体で子育てを支援しようという風潮から転じて,すべて「親の責任」として扱われるようになり,母親が孤立感を深めているというトピックで,問題はその後半部分。ここでは,「家族で食卓を囲むべき」という価値観の問題をとりあげている。

  「家族で食卓を囲む大切さについて話して下さい」

  出版社に勤める東京都の三浦直美さん(34)=仮名=は5月,小学生の長女の担任から,PTA役員を通じてこう頼まれた。道徳の公開授業で,母親数人が話すのだという。

  三浦さんは迷った。3世代同居だが生活時間はばらばらで,全員一緒に食卓を囲むのは週末だけ。それにクラスには,ひとり親家庭の子もいるだろう。受験塾に通う子たちは,夜も塾で弁当を食べると聞く……。

  悩んだ未,「食卓を囲めないのは子どものせいじゃないのに,子どもに『囲みましょう』と言えない」と答えた。担任は「じゃあ,別の人に頼みましょうか」と,やんわり断ってきた。

というのだが,これがどうにもわからない。記者はどうもこのことに批判的らしいのだが,なにが批判されているのか理解できないのである。

  依頼内容は,「家族で食卓を囲む大切さについて話せ」というものであり,それに対してこの母親は「『囲みましょう』と言えない」と答えているのだから,これは単純に依頼主の要求に応えられないということだろう。だとしたら,やんわり断ろうがキッパリ断ろうが,依頼主としては,話を断って別の人を探すのは当然ではないだろうか。それとも,この母親の方がまっとうな意見なのだから,この担任は考えを改めて,公開授業の内容を根本から見直せ,とでも言いたいのだろうか。それはそれで,ひとつの考え方の押しつけではないだろうか。

  記事はさらに続く。

  政府のインターネットテレビで公開されている動画「安倍総理のライブ・トーク官邸。首相は「毎日家族そろって夕食をするのは全国で3割」と嘆き,「大切なことは家族そろって食事をする時間をもつこと」と訴えている。

  一方,「総理の子どもの頃は?」との質問には「父は政治家で忙しかったので,家族一緒に食事ができるのは月1回でしたね」。

  総務省の調査では,男性の仕事からの帰宅時間は,01年の全国平均で午後7時29分,東京都と神奈川県では午後8時を過ぎていた。

  おそらくこれは,父親が忙しくて子どもと食卓を囲める時間に帰宅できないという問題を棚に上げて,家族そろって食卓を囲むことが親の責任であるように言うのはおかしい,と言いたいのだろう。だったら,安倍総理の子どものころのエピソードはいらない。これではまるで,安倍総理自身が家族で食卓を囲んでいないのに,家族そろっての夕食の重要性を説くのはおかしい,と言っているようだ。

  家族で夕食をとったことのない人は,全員そろっての夕食の重要性を強調してはいけませんか? 安倍総理がどうかは知らないけれど,一般論としていえば,たとえば,自分が小さいころ嫌な思いをしたから,自分ができなかったことを他人に勧めるということは,じゅうぶんあり得ることだろう。むしろ,いろいろな家族の事情があるのも知らないで,自分はずっと家族と食卓を囲んできたからといって,何の引っかかりもなく家族全員での食卓を金科玉条のように推進する人の方が,よっぽど怖い気がする。

  いずれにせよ,ある主張について批判するときに,相手の人格や経歴をネタに批判するのはフェアではない。あくまでその主張そのものを批判すべきだろう。

  さて,私がわからなくなっているのは,この批判の先である。じゃあ,いったいどうすればいいのか,そこがちっとも見えてこない。

  最初の母親は,自分が食卓を囲んでいないから,話をするのを断った。総理は自分が囲んでいなくても,その重要性を主張している。これは,どっちも“アリ”でいいだろう。

  では,「いろいろな事情の子どもがいるから」,あるいは「子どものせいじゃないのに」言えない,という問題と,帰宅時間をどうするかという問題はどうだろう。どうもここでは,家族いっしょの食事そのものの是非論と,それを親の責任として押しつけることの問題との2つが,いっしょくたになって論じられているような気がする。

  家族いっしょの食事にどれほどの効果があるのか,それがどの程度科学的に証明されているのかを,まずはハッキリさせる必要があるだろう。もし何の根拠もなく,たんに「昔はよかった」論の延長としてこの議論が持ち出されているのだとしたら,そこで話は終わりである。

  もしある程度の効果が支持されているとしたら,次は,いろいろな事情の子どもたちがいるのに,それをひとつの価値として掲げていいかどうかという問題になるわけだが,私自身は,家族いっしょの食事を価値として主張することに,それほど違和感を感じないのだが,よほど鈍感だろうか。

  極端な言い方をすれば,「いろいろな事情の人たちがいるから何も言えない」ということになると,この先ますます価値観がそれぞれの家庭,それぞれの個人任せになって,社会が成り立たなくなってしまう気がするからだ。価値は価値として主張しつつ,それを実現するために,個別事情をどのように改善し,あるいは認めていくか,というふうに考えていくこともできるだろう。たとえば,帰宅時間の遅さについて国が会社に対応を求めるとか,塾に働きかけるとか。家族全員がそろわなくても,とにかく子どもを一人にせずコミュニケーションをとることが大事なのだと,範囲を緩やかに考えるとか。これらはすべて,家族いっしょの食事が重要であるという価値観を前提とした上でとれる施策であり,「何も言えない」というスタンスからは生まれてこないのではないだろうか。

  もちろん,この連載全体の主張である,こうした価値観の実現を親の責任として押しつけ,親の意識改革だけでなんとかしようとしているという問題については,私も全面的に同意する。ただこれに関しては,同じ記事の中で大日向雅美さんが「国が再び母性や家庭責任を強調し始めた背景には,財政の厳しさもあるのではないか」と述べている。なあるほど。いろいろ支援するための予算がないから,親の意識改革で乗り切ろうというわけか。

ポイント

07.07.01. よろしかったでしょうか? Returns

to_HOME

  「よろしかったでしょうか?」は,どうやら私にとって鬼門であるらしい。ごくたまに,ちょうど忘れたころになると,なぜか突然出くわして,すっかり混乱させられる。よほど相性が悪いのだろう。

  先日の朝,研究室に女性の声で電話がかかってきた。「もしもし,中山先生でよろしかったでしょうか?」 いきなり,である。

  はあ? コーヒーをいれて椅子に腰を落ち着け,いちばんはじめの仕事の,しかもその最初のひとことが,これである。思いきり脱力。一時はヘンな若者言葉にあちこち引っかかっていたのが,最近少しは免疫がついてきたと思っていたのだが,やはりこれはダメだ。直感的に反応してしまう。

  いきなり「中山先生でよろしかったでしょうか?」って言われたって,よろしくなかったらどうするのだろう。だいたい,「中山先生でよろしい」というのはどういう状況なのだろう。

  たとえば,部下が上司に,「この件は中山に任せたいと思いますが,よろしいでしょうか?」と聞く。任された中山が仕事を仕上げ,上司に提出して,「これでよろしいでしょうか?」と聞く。もっと言えば,ウェイトレスさんが注文した料理を運んできて,最後に「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」と聞く。この場合,「よろしい」というのは,上司や客の要求や注文に対して,それにふさわしい作業が提供されたことを,客が了承するということである。「中山先生でよろしかったでしょうか?」って,いったいだれが何を了承できるというのだ? あなたが電話してきた相手として,私はふさわしいというのか? いやいや,まったくよろしくありません。

  あるいは,呼称や読み方が正しいかどうかを確認する言葉としてなら,「中山先生(とお呼びしても)でよろしかったでしょうか?」でもつじつまは合うが,難しい漢字を使っているわけでもあるまいし,まさか第一声から呼び方を尋ねる人はいまい。たいていは多少仲がよくなってから,愛称とか呼び捨てで呼んでもいいかどうかを聞くものである。

  だからここはもう,ごく単純にこの表現が,丁寧語の一種なのだと誤解していると考えるのが妥当だろう。「今,自分が電話している相手は,《中山先生》なる人物でまちがいないか?」ということを聞きたいのにちがいない。それを丁寧に言い換えたつもりなのだろう。それにしては,「中山先生でよろしかったでしょうか?」という言葉遣いは,あまりに乱暴だ。口ではとりあえず「ハイ」と無難な返事をしつつも,どうにもスッキリしないもやもやが残る。なんとも疲れるコミュニケーションだ。

  「中山先生でいらっしゃいますか?」って,そんなにむずかしい表現だろうか…(学校関係者以外の人に「先生」と呼ばれるのは違和感があるけれど)。ふと自分の敬語がまちがっていないか不安になって,ネットのマナー講座をちらちらのぞいてみたのだが,やはりあちこちで,電話のかけ方の標準的な手続きとして書いてあるのは,「○○様でいらっしゃいますか」であった。

  まあ,電話の主は案の定,不動産投資話の営業担当者(というか,たぶん電話でのアポ取り専用のセールス・オペレータなのだろう。どういう社員教育をしているのか知らないけれど)だったので,いつも長いおつきあいになる前に「いらない」と言って一方的に切ってしまうのだが,何の心構えもできていない第一声では,耳をふさぐわけにもいかない。逃れられないのである。

  ほんと,だれか,なんとかしてくれませんか。

ポイント

MonoBACK 新しいひとりごとへ   BACK to HOME INDEXへ     MORE Monolog もっと過去へ