テーマ別編 中学校 2/4
アメリカ合衆国の独立と愛国心
西頚城郡青海町立田沢小学校 秋山正道
プリマス・ロック プリマス・プランテーション
プリマス・ロック プリマス・プランテーション
2 各地に見た愛国心
 (1) プリマス
 合衆国はイギリスから独立するまでに2回歴史に登場する。最初はコロンブスによる新大陸の発見であり、2回目はメイフラワー号の新大陸への渡航である。特に、清教徒たちのアメリカ大陸への上陸は、その後の合衆国としての性格を決めた点で大きな意義がある。
 ピルグリム・ファーザーズと呼ばれた清教徒の一派がアメリカ大陸のケープコッド湾の一角にあるプリマスに到着したのが1620年のことであった。ピルグリム・ファーザーズが上陸した際に、第一歩を踏んだという記念の岩がプリマス港にあり、観光地となっている。
 新大陸に最初に上陸したイギリス人は、ヴァジニア会社が送り込んだ144人で、1606年のことであった。しかし、ジェイムズタウンに開けた植民地はイギリス国教会を公定教会としたため、本国との独立という点でプリマス植民地のピルグリム・ファーザーズの方が、愛国者たちにとっては大切な場所となっている。
 プリマスを訪れたアメリカ人の愛国心を喚起するもう一つの場所がプリマス・プランテーションだ。ここはメイフラワー号で上陸したピルグリム・ファーザーズの生活を再現したテーマパークである。記録された一人一人の歴史が忠実に再現されており、280年前にタイムスリップした気分になる。アメリカ合衆国としての歴史はここプリマスから始まったのだ、という強い主張が伝わってくる。年の暮れを迎えようとする12月にプリマスの開拓を始めた102人のピルグリム・ファーザーズではあったが、食糧不足と病気のために半数がその冬のうちに亡くなった。しかし、ピルグリムズたちはメイフラワー号の中での契約を守り、ブラッドフォード総督を中心によくまとまって植民地を建設していった。彼らは宗教上の弾圧を逃れるために、最初はオランダのライデンという所へ移住した。しかし、アングロサクソンとしての気風が失われることをおそれたピルグリムズたちは新大陸への移住を決意した。このように、WASPとしての誇りを強くもった人の集団がピルグリムズであった。WASPとはアングロサクソンでピューリタンの白人をいう。
 ピルグリム・ファーザーズにはもう一つの誇りがあるのではないか。それは先住民との関係である。先に述べたヴァジニアでは、ポウアタン連合がその娘ポカホンタスの結婚により、短期間ではあるが白人との間に平和な時期をもっている。しかし、それ以外は常に白人と先住民間で抗争が続いた。それに比較してプリマスでは両者の関係が実にいい。先住民ワムパノアグと友好同盟を結び、トウモロコシ栽培などの方法をピルグリム・ファーザーズは先住民から教えてもらっている。最初の冬の間に移住者の半分が亡くなるという厳しい植民生活であった。しかし、その危機も先住民との協力によって乗り越えることができたのである。多文化社会の中でマイノリティーとしての先住民を大切にしようとすることが昨今の風潮である。ピルグリム・ファーザーズはこれにぴったりであった。