エネルギー・交通グループのコンセプト
「環境」コンセプトの設定と「エネルギー・交通」
エネルギー・交通グループ コーディネーター

上越教育大学社会系教育講座 (社会科教育・地理教育)
田部 俊充


 本年度のテーマは「環境」である。「研究の概要」に記述したように、 3年計画の初年度に立てた計画であった。しかし、「環境」を扱うのは実は厄介だろう、 という予感があった。日本環境教育学会をはじめとする環境関係の学会でいつも感じるのは、 学際的な領域である環境教育は幅広いが論点が絞り込めない、という点である。 社会科、理科、家庭科、生態学、建築学…。それぞれの分野の主義主張が入り混じり、 様々な価値観がある。プロジェクト1年目の国家・民族、2年目の農業・工業・国連は先行実践も多く、 追求すべき点は比較的明解であった。「環境」は魅力的だが骨が折れそうだった。 そこで考えあぐねた挙句、3年目はコーディネーターを私を含めて3人設定し、 それぞれのコーディネーターの持ち味を生かしてグループ編成を行い、 参加者の個人研究を主体にしたグループ研究ができないかと考えた。そして、 テーマとして「エネルギー・交通」「まちづくり」「教育・思想」を選んだ。 選定の理由は先行実践研究が充実していて、コーディネーターの関心分野に比較的近く、 アメリカでの調査が具体的に進められるようなものを、ということであった。
 5月になるとコーディネーターは3人で金曜日の昼食をともにしながら、 本調査の9月まで毎週ミーティングを重ねた。それぞれのグループの進捗状況を報告し合いながら、 様々な課題を克服していった。参加者、各グループ内、コーディネーター間の コミュニケーションには、近年急速に広がった電子メールが非常に役に立った。 メーリングリストに登録すれば全員に瞬時に情報を送ることができ、 研究室にいながら様々な情報を交換して、顔を合わせての研究会に生かすことができた。
 「エネルギー・公共交通」グループでは、日米の電力事情、公共交通に関する現状の比較等から、 多角的に環境問題を把握することを目的とした。
 齋藤幸之介は、小学校第5学年社会科の中で、我が国の電力エネルギーのあり方を 考えさせる実践を行った。まず児童の実態から、日米それぞれの発電方法の長所・短所に 気づかせることの必要性を感じて授業構成を立てた。事前調査・本調査とも、 留学中の東京電力株式会社橋内宏至氏の懇切丁寧な協力を得て、 6,000もの風力発電機が集中するカリフォルニア州アルタモント・パスのウィンドファーム における現地調査を実現させることができた。橋内氏には、多くの資料を提供していただいた上 、何度もメールを通じて意見交換をすることができた。また、齋藤氏は児童の実態に合わせた ビデオ教材を企画し、綿密なシナリオを用意して、現地の係員の方への聞き取りを実施した。 これらの成果を所属校で実践した。
 飯塚耕治は、小学校第4学年社会科の中で、アメリカ合衆国の送電事情に関する授業実践を行った。 日米の比較を通して送電システムをより広い視野から理解させるために、鉄柱・鉄塔の比較、 米の送電施設の提示、送電に携わる人々の努力、特に停電時の対応の比較、という流れであった。 氏は事前に日本国内の電力会社等から関連文献を収集した。その上で埼玉県内の所属校の協力 を得て児童の実態を調べた上で授業構成を行った。ピッツバーグ市では、市のあるアレゲニー郡と 隣接する郡に電力を供給しているデュケイン・ライト社の協力を得て、 事前調査の段階で送電マップ等を入手し、送電事情をある程度調べ、 疑問点を整理した上で本調査に臨むことができた。デュケイン・ライト社は充実した ホームページを持っているが、社のHP作成者から事前・本調査と2回聞き取りを行うことができた。 作成者も我々が日本でHPを見たり、児童が授業でHPを活用しているのを知って感動し 非常に喜んでいた。
 栗田秀人は、中学校社会科地理的分野において、公共交通のあり方に関する授業実践を行った。 日米の路線バス事業の比較から地域のあり方を考えさせた。まず、大宮市の路線バス事業に 関する資料等を収集して所属校の生徒に提示して、路線バス衰退の背景について考えさせるための 授業構成を行った。次にミネソタ州セントポール市、ミネアポリス市では、 両市にまたがるメトロ交通局や州交通局の協力を得て、事前調査の段階で州交通計画や詳細 なバス路線図を入手し、本調査では実際に住民がバス利用を行っている実態を調査した。 また、メトロ交通局では休日にもかかわらず急遽聞き取りを行うことができた。 メトロ交通局もホームページを提供していて、多くの情報を得た。 生徒は「環境」「福祉」に関する提示を総合的な視点からとらえ、日米の生活環境の違いを とらえさせ、地域のあり方を考えさせることができた。
 永田忠道は、高等学校地理歴史科地理の教材開発を担当した。氏は、日米における LRT(路面電車)の復権の状況の調査を通して、環境問題、資源・エネルギー問題、 居住・都市問題にアプローチした。まず、日本における路面電車復権の歴史的経緯 とその背景を調べ、アメリカにおける自動車交通の行き詰まりと公共交通の再評価に 影響を受けていることを、ホームページや豊富な関連書籍からまとめあげた。 本調査では、アメリカ最古の路面電車都市の一つであるピッツバーグ、現在最大の 路面電車都市であるサンフランシスコ、1987年に導入したばかりであるカリフォルニア州 サクラメント市の3箇所を調査し、その成果から授業を構想した。
 田尻信市は、高等学校地理歴史科世界史の中で、大陸横断鉄道とアメリカ西部開拓に関する 授業実践を行った。カリフォルニア州サクラメント市、サンフランシスコ市での現地調査及び 豊富な文献調査をもとに「大陸横断鉄道と西部〈開拓〉」の単元を開発し、 その中から所属校において「大陸横断鉄道建設と中国人移民」の授業展開を行った。 この実践の特徴は適切な写真・絵画資料の提示にある。1869年のユタ州におけるUP、 CP鉄道の合流による横断鉄道完成を描いた写真、絵から中国人移民をめぐる当時の アメリカ社会の問題点をとらえ、移民問題を歴史的側面からとらえさせることができた。 10月15日に開催された日本社会科教育学会自由研究発表において2000年度のプロジェクトの 事例として発表を行い、多くの関心を呼んだ。
 いずれの調査も姉崎達夫教諭の通訳なしでは成功しなかった。 氏には1998年のプロジェクト第1年度より3年間にわたってお世話になった。 この場を借りて厚く御礼を申し上げたい。

参考文献

佐島群巳ほか(1994):『初等・中等教育における資源・エネルギー・ 環境教育の教材開発の総合的研究』.資源・エネルギー・環境教育に関する 総合的研究プロジェクト,159p.
フリーデン,B.J.,セイガリン,L.B.著,北原理雄監訳(1992): 『よみがえるダウンタウンアメリカ大都市再生の歩み』.鹿島出版,415p.
北海道グリーンファンド監(1999):『グリーン電力 市民発の自然エネルギー政策』. コモンズ,190p.
前田以誠(1999):『風力発電 ビジネス最前線』.双葉社,255p.
日本弁護士連合会(1999):『孤立する日本のエネルギー政策』.七つ森書刊,302p.
資源エネルギー庁編(1999):『エネルギー2000』.電力新報社,27p.
飯田哲也(2000):『北欧のエネルギーデモクラシー』.新評論,262p.