高等学校公民科
環境SUGOROKU
−課題追究学習の導入として− 
国立教育研究所公民教育研究室    谷田部 玲生

1.はじめに

(1)新学習指導要領との関係
 高等学校公民科における環境の扱いが、新学習指導要領において、現行の学習指導要領と比較してどのように変わったかを見てみると以下の通りである。
 ア 現代社会
 現行学習指導要領では、大項目「(2)環境と人間生活」があり、そこで「環境と人間生活とのかかわりについて理解させるとともに、環境にどうかかわって生きるかについて考えさせる」ことになっている。新学習指導要領においては、科目の導入の性格をもつ大項目「(1)現代に生きる私たちの課題」において、課題追究学習を行わせることになった。「内容の取扱い」には、課題追究を行わせる現代社会の諸問題の例として5つが示され、その中に「地球環境問題」がある。さらに、大項目「(2)現代の社会と人間としての在り方生き方」の「イ 現代の経済社会と経済活動の在り方」に、小項目として「公害の防止と環境保全」が入っている。
 イ 倫理
 現行学習指導要領には、「環境」という用語は見られない。しかし、平成元年の「学習指導要領解説」では、大項目「(3)国際化と日本人としての自覚」の「ウ 世界の中の日本人」の小項目「地球と人類社会」において、環境汚染や自然破壊の問題を取り扱うことが例示されている。(pp.68-69)さらに、大項目「(2)現代社会と倫理」の「イ 現代社会を生きる倫理」の小項目「自然や科学技術と人間のかかわり」などにおいても、環境を扱うことが可能である。新学習指導要領においては、科目のまとめとして大項目「(2)現代と倫理」の「ウ 現代の諸課題と倫理」において、課題追究学習を行わせることになった。課題追究に際しては、自然と人間とのかかわりを視点として「生命又は環境のいずれか」を選ぶことになっている。さらに、同じ「ウ 現代の諸課題と倫理」において、国際社会と自己とのかかわりを視点として「世界の様々な文化の理解又は人類の福祉」を選ぶことになっているが、この「人類の福祉」においても「環境や資源の問題」(「学習指導要領解説」平成11年、p.68)を扱うことが可能であると考えられる。
 ウ 政治・経済
 現行学習指導要領においては、大項目「(1)現代の世界と日本」の「イ 国際社会の動向と課題」において、「環境、資源、人口など人類全体にかかわる基本的な課題について考察させる」ことになっている。また、大項目「(3)現代の経済と国民生活」の「ウ 現代経済と福祉の向上」に、小項目として「環境保全と公害防止」が入っている。新学習指導要領においては、科目のまとめとして大項目「(3)現代社会の諸課題」で、課題追究学習を行わせることになった。この大項目の「ア 現代日本の政治や経済の諸課題」に「公害防止と環境保全」が、また同じ大項目の「イ 国際社会の政治や経済の諸課題」に「地球環境問題」が、課題の例として挙げられている。
 エ 新学習指導要領公民科における「環境」についての学習
 以上のように、新学習指導要領では、公民科の3つの科目すべてに環境についての学習が導入された。特に、「現代社会」と「政治・経済」の小項目として挙げられている「公害の防止と環境保全」は、平成5年に制定された環境基本法第25条(環境の保全に関する教育、学習等)を受けて入れられたものと考えられる。
 しかし、新学習指導要領における最大の特徴は、各科目における環境についての学習が、「現代社会」における「公害の防止と環境保全」を除いて、すべて課題追究学習を行わせるところに、しかもいくつかの中から選択されるものの1つとして位置づけられたことである。これは、環境についての学習が、高等学校における家庭科・理科などの他教科目、中学校社会科、さらには「総合的な学習の時間」などにおいて、さまざまな内容と方法によって行われることを想定したものと考えられる。すなわち、地域の特色、生徒のそれまでの学習歴、生徒の興味・関心などのいわゆる「学校や生徒の実態」に応じて、課題追究学習ができるようになっていると考えられる。
 オ 新学習指導要領との関連
 課題追究学習においては、追究する課題において、どのような具体的なテーマを設定するかが大変重要である。課題追究学習の成否は、テーマ設定によって決まると行っても過言ではない。テーマ設定に際しては、それまでに各教科目、「総合的な学習の時間」などで学習した内容をふり返り、確認することからはじめることが大切である。ここで取り上げる「環境SUGOROKU」(Sustainability Game Panels)は、楽しみながら環境について学習することができるように作られている。このゲームを、高等学校公民科の課題追究学習の導入として利用することにより、環境に対する興味・関心を高め、具体的なテーマの設定につなげていくことができると考えられる。

(2)教材化の意義
 スタンフォード大学国際異文化理解教育プログラム(SPICE:Stanford Program on International and Cross-Cultural Education;以下SPICE)は、1976年以来、初等、中等教育のカリキュラムを国際化するために、国際異文化理解教育のための教材を制作し、学校現場に供給している。SPICEはすでに、100以上の教材を提供し、その内容はアフリカ、アジア太平洋、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、地球環境問題、国際政治経済など多岐にわたっている。SPICEの教材は、多面的な見方、批判的思考、意思決定力などを身に付けさせることができるように意図されている。そのため教材では、シミュレーション、ロールプレイ、ディベート、朗読、ビジュアルアート、パフォーマンス、日記、グループ学習などの学習方法が数多く取り入れられている。
 今回取り上げたSPICEの教材『アジア太平洋のメガシティ−環境への影響に焦点をあてて−』(“Megacities in the Asia/Pacific Region: Focusing on Their Environmental Impact”)は、 まず、アジアのいくつかのメガシティ(1000万人以上の都市)を紹介している。そして、それらの都市を例に、都市化のプロセスを理解させ、大気汚染、水質汚濁、エネルギー問題、ゴミ処理問題などを分析させるように作られている。この教材で学習することにより、生徒はメガシティのような大きな規模だけではなく、さまざまな規模のコミュニティにおける環境問題を理解することができる技能が習得できるように意図されている。  我が国の高等学校公民科においてSPICEの教材を使用する場合、学校や生徒の実態に応じて、教材をそのまま英文で利用する方法と、日本語に翻訳してから利用する方法が考えられる。さらに、それぞれの教材を丸ごと用いる方法と、教材の一部を用いる方法が考えられる。教材を丸ごと用いる学習では、授業のねらいは、それぞれの教材そのもののねらいとなる。そのため、我が国の高等学校公民科の目標や内容と合致することはまれである。公民科の目標や内容に合わせて、SPICEの教材の一部をアレンジして使う方法が、より現実的であると考えられる。
 そこでここでは、翻訳した教材の一部をアレンジして、高等学校公民科の課題追究学習の導入として使う授業を構想した。具体的には、『アジア太平洋のメガシティ−環境への影響に焦点をあてて−』の中にある「環境SUGOROKU」を、公民科における課題追究学習の導入として利用する構想である。



2.授業構想

(1)ねらい
 公民科の課題追究学習の導入として、「環境SUGOROKU」を次のようなねらいで利用する。
[1] 各教科目や「総合的な学習の時間」などにおける環境に関する学習をふり返らせ、その内容や方法を確認させる。
[2] 現在のさまざまな環境問題を理解させ、環境に対する興味・関心を高める。
[3] 以上を踏まえて、課題追究学習におけるテーマ設定の動機づけを行う。

(2)準備とルール
ア  準備するもの
「環境SUGOROKU」 ・・・・矢印を参考に4枚を貼り合わせる。
「環境カード」 ・・・・1枚ずつ切り取り、裏返して重ねる。
さいころ  ・・・・市販の普通のもの。
ルール
 2人以上で、一般のすごろくとほぼ同じ方法で行う。プレーヤーは、さいころの目の数だけ進み、止まったところの指示に従う。各プレーヤーは、止まったところの内容を声を出して読み、点数を合計していく。全員が終了したところで、点数のもっとも多いプレーヤーが勝ちとなる。
 なお、「環境カード」のところに止まった場合、プレーヤーは「環境カード」を1枚選び、他のプレーヤーに問題を読んでもらう。「環境カード」は、正解すれば3点、不正解の場合はマイナス3点とする。(正解は太字。)



3.教材化を終えて

 勤務先の関係で、残念ながら授業構想にとどまり、授業実践ができなかった。今後もSPICEについての研究を続け、わが国の教育現場で利用できる教材を提供していきたい。



4.主な参考文献

“Megacities in the Asia/Pacific Region: Focusing on Their Environmental Impact”,SPICE,1997
拙稿「日米関係を複眼的に学習する授業 −SPICEの日米関係教材を使った授業実践−」東京学芸大学日米相互理解教育プロジェクト『日米相互理解教育のカリキュラム開発研究 第3集』pp.205 -229,1997  なお、SPICEのホームページは、http://spice.stanford.edu/ である。

環境SUGOROKU

世界の人口は、毎日約    人ずつ増えている。
  a. 5,000
  b. 85,000
  c. 250,000
        
アジアで大気汚染を減らすことができた方法を1つ挙げよ。
(産業排出ガス規則の実施、自動車排気ガス規制、自動車走行距離規制、輸送・暖房・料理のための燃料をよりクリーンなものへ転換。)
○×クイズ。
アジアでの大気汚染の主な原因は、産業からの排気である。
(×。主な理由は、自動車からの排気ガスである。)
アジアの都市の交通渋滞を緩和するための方法を考えなさい。
(公共輸送システムを作る、燃料の値段を上げる、交通管理システムを改善する、自動車に頼らない社会を作る。)
○×クイズ。
長い目で見れば、石炭に補助金を出すことは大気汚染の減少に役立つ。
(×。石炭は「汚い」燃料である。 安い石炭を使う会社が、よりクリーンで高い燃料に変えることは、ほとんど考えられない。)
住民用・工業用の水の価格を上げると、どうして水質汚濁を減らせるのか?
(高い価格が水の節約を進め、そして水資源の回復−水質改善と下水処理−のための資金ができる。)
あなたは、国民に水節約の必要性を教育するキャンペーンを担当している。人々にこのキャンペーンを浸透させるもっとも良い方法は…。
(テレビスポットCM、公立学校での教育、新聞記事、討論会、水の請求書でのインフォメーション、野外広告板。)
都市計画者(シティィプランナー)としてあなたは、新しい産業プロジェクトを計画している人々に対して、水使用についてのどんな情報をあらかじめ提出させるか?
(水使用計画、水使用量、使用前後の水の状態、使用した水の処理計画)
水質管理者としてのあなたの仕事は、水質基準違反者へのペナルティーを決めることである。 あなたがよく課するペナルティーを2つ挙げなさい。
(罰金、操業停止、給水停止、水使用の制限、強制的な教育、社会奉仕活動)
2015年までに、どの大陸が最も多くのメガシティを持つか?
  a. ヨーロッパ
  b. アジア(約17)
  c. 北アメリカ
ディーゼル車の台数制限が、なぜ大気汚染を減らすのか?
(ディーゼル燃料は無鉛ガソリンと同じようには、きれいに完全に燃えない。より少ないディーゼル車=より少ない大気汚染。)
あなたは、どんな方法であなたの国で交通システムを改善するか?
(一方通行、昼間のライト点灯、バイクレーンの設置、時差通勤、相乗り利用、乗り合いバン、代替輸送方法の奨励)
メガシティの人口は?
  a. 1000万以上
  b. 100万以上
  c. 800万以上
  d. 500万以上
○×クイズ。
中国での大気汚染の主な原因は、石炭と木材の焼却である。
(○。 各家庭で暖房と料理のために石炭と木材を燃すことが、中国の大気汚染のひとつの主な原因である。)
アジアにおいて、土地所有がなぜ土地の荒廃を減らすのか?
(アジアの法律は、農民が小さい農場を所有することを難しくしている。農民が自ら耕す土地を所有できれば、きちんと農地のメインテナンスを行うであろう。)
廃棄物処理の民営化が、なぜ環境汚染を減らすのに役立つのか?
(私企業は[都市との契約を取るために]完璧で、そして[利益を生むために]効率的でなければならない。市役所は、成長し続ける都市の他の仕事に集中することができる。)
国では最も汚染がひどい領域から、改善への取り組みをはじめるべきである。それは何か?
(運送機関、産業、各家庭での暖房と料理、林業、農業。)
政策決定への住民参加促進が、なぜ環境状態の改善に繋がるのか?
(問題に最も近い人々が見識を提供したり、問題解決を助けることができるかもしれない。責任を分割することが、問題解決の秘訣である。)
「環境破壊」を定義しなさい。
(環境破壊は、人間の活動によって、自然環境を害し、傷つけ、悪化させることである。)
現在、100万以上の人口の都市は、アジアにいくつあるか?
  a. 17
  b. 52
  c. 87
環境問題の主な4領域は何か?
(水質汚濁、大気汚染、廃棄物処理、土地利用。)
○×クイズ。
いくつかのアジアの都市では、家庭のゴミを川に捨てる。
(○。アジアの多くの都市は、下水道やごみ処理システムがない。それらの都市では、ゴミを埋めたり、燃やしたり、川に捨てたりしている。)
アジアでは、なぜ人々が田舎から都市に移動しているのか?
(都市には、よい賃金、就職のチャンス、よりよい生活、よいサービスと選択の機会がある。田舎では、やせた土地、少ない収穫、そして土地所有が不可能である。)
「一人あたりのゴミの量はとても増えている。」というときの「一人あたり」の意味は
  a. それぞれの首都で
  b. それぞれの世帯で
  c. それぞれの人で
○×クイズ。
現在、アジアの国々の木材と森林生産物の輸出量は、世界一である。
(×。アジアの国はかつて、大量の木材の輸出をしていた。しかし、森林枯渇と人口増加により、現在は森林生産物輸入が必要になっている。)
メガシティを維持するには、何をしなければならないか?
(自然資源を破壊したり使い切ることなく、都市に住むすべての人々の必要を満たさなければならない。)
破壊的な土地使用によって、アジアの自然環境がどれだけ失われたか?
  a. 50%
  b. 25%
  c. 75%(世界銀行の研究による。)
産業はなぜ、汚染のより少ない技術に変えようとしないのだろうか?
(多くの企業は、変えるには多くの費用が必要であると考えている。そして、それらの出費に見合う利益は得られないと考えている。)
あなたの国で、「環境にやさしい」パッケージを使うように、企業に対してどのように奨励するか?
(減税、特別な賞、特別な契約、リサイクル原料の処理価格を下げる。)
拡大するアジア市場で、クリーンテクノロジーが採用される可能性があるのは、どんなときか?
(公開市場(オープンマーケット)と自由貿易政策が海外からの投資を引き付ける。外国との提携により、クリーンテクノロジーのモデルやノウハウが供給されるかもしれない。)