コブ氏らによるワークショップ


ソフトの体験ではなく指導系列の体験としてのワークショップ
(1998年7月29日)

 7月27日と28日の二日間にわたり、コブ氏らのグループにより教師向けのワークショップ (Institute と呼ばれていた) が行われた。担当した院生の人に目的を聞いたところ、彼らのアイデアの普及とともに、地元の先生方との関係を作っていくことが目指されていたようである。会場はナッシュビルのダウンタウンに隣接したマグネット・スクールであった。その中のある数学の先生の教室に集まったのは、6名の先生方で、全員が女性、内容からして7年生8年生の数学を担当している先生方と思われる。教室はさほど広くなく、日本の通常の教室と同じか、少し狭い感じがする。6人が座れるテーブルが5組ほどあり、壁には「数学は数の強さ (strength) である」、「心はもっともパワフルなリソース」、「どんなエキスパートも最初は初心者だった」などとかかれたポスターが貼ってある。いわゆる九九表も貼ってあったが、9×9ではなく12×12であった。教室に置かれた教科書を見ていたら、教室の主の先生がいらして、別の教科書も見せてくれた。一方が昨年使用したもので、他方が今年使っているものとのことであり、前者に比べ後者は例題の説明などが丁寧で、写真も多く、生徒には好評であるとおっしゃっていた。こうした教科書の選定も比較的自由に行われているようである。また、教室の横にはインターネットにつながったマッキントッシュのコンピュータが5台ある。

 今回大学側からは、コブ氏、同じく教官のマックレーン氏が参加し、ほかに博士課程のリサーチ・アシスタントであるマックガーサ氏とホッジ氏がいて、事前の準備から当日のコンピュータの設定、操作、食事などの用意など、フル回転で働いていた。ワークショップは両日とも、朝8時半から2時半までの日程。途中の昼休みには校長も来られ、用意されたサンドイッチを皆で食べ、ワークショップの内容をコブ氏に質問したり、あるいは世間話をして楽しんだりという雰囲気であった。

 初日はまず、簡単な参加者・大学側のメンバー紹介があったあと、今回のインストラクター役のマックレーン氏が、基本的な方針、つまりミニツールを用いた統計の指導系列を考えていく、といった導入を話した。しかしこの話は20分程度で終わり、その後はその指導系列で扱われる課題を、参加した教師自らが取り組むということに重点が置かれ、実質これが2日目の午前中一杯まで続いた (彼らの指導系列の基本的考え方やミニツールについては、コブ氏らの現在のプロジェクト(その1)および(その2)を参照のこと)。全部で6つの課題が扱われたが、それらは、以下の点で共通している。すなわち、課題では2つのグループについてのデータが提示される。例えば、2つの会社の電池の寿命のデータが、各社12個ずつの電池について示され、いずれを購入するほうが有利かといったことを考える。他の題材は、原油の値段、エアバックの効果、高速道路のねずみ採りの効果、ハンバーガーの味やカロリーについての比較、薬のT細胞に与える効果といったものであり、それらの効果があったか、あるいはどれを選ぶべきかについて、会社等に報告するという形をとり、その中で、なぜそう判断するのかを考えることを重視する。そのためにどのようにデータを考察するかが問題となるが、ミニツールの各種機能を利用しながらこの考察を行うわけである。

 課題の内容をマックレーン氏が説明した後で、2人1組となりそれぞれコンピュータに向かい、データの考察をする。それが30分〜45分ほど続くと、今度は各組ごとに自分たちの考察・判断を発表、それに対する他のグループからの質問というように、実際に授業で生徒に対して扱われるのと同じようなスタイルで進められていく。なお発表に際しては、コンピュータをプロジェクタに投影したものが使われ、ミニツールを利用しながら説明できるようになっていた。また発表に際しては、ときどきコブ氏がコメントを加えていた。

 二日目の最後の課題については、ミニツールによる考察の結果から分布の様子を逆に推測するといった課題も扱われた。例えば、データの個数の、25%、50%、75%、100%のところに線だけが引かれた図を見せ、そこから逆に分布が大体どのようになっているのかを推測する。こうした課題も中学生での授業で扱われるものと同じであり、この点でも、実際の指導系列を、そのまま教師に体験してもらう内容となっている。二日目の午後には、これまでの指導系列について議論がされ、課題についてのミニツールを用いた考察が、統計の基本的アイデアとどのように結びついていくのか、といった点が説明された。最後に、各先生方が日頃の授業で感じていることを話しあったり、あるいはもしも大学でやっていることに興味があれば連絡してほしいといったことが話され、ワークショップは終了した。

 細かい内容が聞き取れなかったので、うまくかけないのだが、全体として感ずるのは、まず教師が実際に活動している時間がかなり長く、コブ氏らが自分たちのアイデアを説明するというよりは、教師に実際に課題を体験してもらうことが重視されている (その故にここではワークショップと呼んでいるのだが)。コブ氏のコメントやマックレーン氏の説明も、教師の体験が進むに連れ、徐々に、自分たちのアイデアや考え方を明確にしていくような感じを受けた。上でも述べたように、アイデアの具体的な説明が最後の方に行われていたことにもそのことが現れている。また、コブ氏のコメントも、初日の後半になって、彼らの基本的アイデアである「分布」という用語、あるいは指導を考える際の概念である M. Simon氏の「学習軌跡」という用語を用いるようになったようであった。

 実際にコンピュータソフトなどに触ってみるという講習会は、日本でも行われてきている。しかしその際には、比較的単発的な教材が取り扱われることが多いのではないだろうか。コブ氏らのワークショップは、単に開発したミニツールのよさを示すものではないと思われる。彼らは3ヶ月分の指導の流れ、課題を設定し、そのエッセンスを2日間で教師に体験してもらっている。つまり、ソフトの体験ではなく、また単なる指導方法の体験 (例えば、〜の考え方を大切にしましょうと言って、いろいろな場面での事例を挙げる) でもなく、指導系列の体験なのである。こうした一定の長さの指導系列を意識的に開発し、またそのこと自体をワークショップの中で教師に経験してもらう、という場は、日本ではあまり見られないように思うがいかがであろうか?

 7月中旬に南アフリカで行われたPMEでは、コブ氏は全体講演をしており、300人以上の研究者の前で講演をした彼が、一方では、6名の教師のために2日間ワークショップを行うという地道な努力をしているという点が、面白いようにも思える。


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