上越教育大学 教員養成GPプロジェクト

上越市におけるキャリア教育実践力の向上

取組実績と課題

上越市における小中高大の連携

はじめに

 1999年、中央教育審議会答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」において「キャリア教育(望ましい職業観・勤労観及び職業に対する知識や技能を身に付けさせるとともに、自己の個性を理解し、主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育)を小学校段階から発達段階に応じて実施する必要がある。」としてキャリア教育が初めて公に求められた。この答申は小学校における「主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」を戦後初めて求めた点に意義があるといえる。
 2002年には、「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」が示され、2004年には「キャリア教育の推進に関する調査研究協力者会議報告書」によって、同年4月から始まる新キャリア教育プラン推進事業による推進地域指定のためにキャリア教育の内容や方法が整理された。
 さらに、経済産業省のキャリア教育プロジェクトをはじめとする他省庁のキャリア教育支援施策も相まってキャリア教育実践は、広範囲な広がりを見せている。
 キャリア教育が登場し7年を経過した現在、小学校のキャリア教育実践も数多く報告されるようになってきている。ここでは、小学校のキャリア教育導入が中学校や高等学校のキャリア教育実践にどのような影響な可能性を与えたか、学校教育全体を視野にいれながら、新潟県立高田商業高等学校(以下、高田商業高校とする)を中心としたキャリア教育における小中高大の連携を事例として取り上げ検討したい。

1 新潟県上越市におけるキャリア教育

 上越市教育委員会は、平成18年度、キャリア教育の三事業に取り組んでいる。
(1)キャリア教育研究推進委員会
 前年度立ち上げたキャリア教育研究推進委員会は、市内3地区の小学校、中学校の担当者合計6人により構成され、現在、市内小中学校全教員に配布するキャリア教育テキスト作りに着手している。
(2)キャリア・カウンセラー活用事業
 平成18年度より市内の小中学校の要請に応じ、キャリア・カウンセラーを派遣する事業。年間26回派遣予定。
(3)キャリア・スタート・ウィーク参加
 平成18年度市内の二校がキャリア・スタート・ウィークに参加。協力事業所対象にキャリア・スタート・ウィーク説明会を開催したところ、87事業所の出席を得た。

2 高田商業高校のこれまでの取り組み

 平成6年度より同校商業クラブの生徒が中心となり上越地域の経済活性化を目的に調査研究を行い関係諸機関への提言を行ってきた。専門高校での学習の成果を生かし、平成17年度より上越市内の本町商店街で店舗(チャレンジショップ「Rikka」)経営実習を計画し、実践に移している。
 平成18年度の店舗経営会議において、前年度からの懸案である「コミュニティとの連携」に取り組むことを決定し同校のオリジナルプランを作成する。既に地域で進行している上越市キャリア教育研究推進委員会のネットワークを想定した上での立案であった。
 米国のキャリア教育(Career and Technical Education)では、Community Based Occupational Education、Business Education Partnership、 Work and Community Based Educationなど地域と基盤としたプログラムが多い。指導に当たった内藤研一教諭の米国高校でのWork-Based Counselorに一ヶ月にわたって行ったJob Shadowの経験がこうした発想をもたらした。
 実践にあたっては、「チャレンジショップ『Rikka』実行委員会」が結成され、上越市というコミュニティを基盤として、小学生、中学生、高校生、大学生・大学院生が店舗経営においてそれぞれの立場を認知しながら役割を分担・達成することで新しいキャリア教育モデルを生み出す実践に着手した。

3 キャリア教育モデルの基盤としての「地域学習」

 高田商業高校はキャリア教育モデルの基盤に地域学習を据えた。店舗経営という地域の商店街という場における、小学校、中学校、高等学校そして大学の地域学習の集積、連携を、商業高等学校の専門性が実現するという構図がデザインされた。それぞれの学校段階に求めた役割は以下である。
(1)上越市立大町小学校2年生
 4に詳述。
(2)上越市立城北中学校1年生
 同中学校へは、より具体的な以下の5つの役割、[1]ネーミングと商標権、[2]広告とPOP、[3]ビジネスマナー、[4]地元商店街の歴史、[5]地域食材を活用した商品開発、を依頼した。依頼の方法は、小学校同様、高校生が中学校の総合的な学習の時間に参加し、上記の5つの役割のプレゼンテーションを行った。5つのクラスは解体され、生徒はそれぞれの役割を選択し、役割班としてまとまって活動に取り組んだ。
(3)上越教育大学
 同大学で学んだ大学生、大学院生が、キャリア教育がリアルに展開する店舗経営に参加することにより、キャリア教育の意義と重要性を再認識する。 
 依頼された役割は、[1]店舗設計、[2]広告全般、[3]販売責任者、であった。大学のゼミ室で高校生と店舗設計にあたり、実際の店舗経営時は、販売責任者として小学生、中学生、高校生の地域を基盤としたキャリア教育実践に携わった。店舗設計には、最終段階で地元の商工会議所からの助言も得ている。大学生、大学院生は、授業の一環で活動に参加し、「職業観・勤労観を育む学習プログラムの枠組み(例)」に示された4能力領域を用い児童生徒の変容を仔細にレポートした。

4 大町小学校の実践

 上越市教育委員会は、平成18年8月7日、店舗経営期間中にチャレンジショップ「Rikka」の見学会を兼ね、小中高大連携についてのシンポジウムを開催した。以下は、その時、上越市立大町小学校の松岡貴徳教諭の発表を要約したものである。
 大町小学校は、チャレンジショップ「Rikka」に2年生が生活科で参加した。同校は、「『地域』や『地域で働く人』へのかかわりを広めた販売体験活動を構成することで、自分の役割や責任をしっかり果たし、たくさんの人と適切に接する力が育つ。販売することの楽しさを味わいながら、自分を発揮して人とかかわる力を高めるところに、キャリア教育のポイントがある。」とし、役割の理解や人間関係形成を促す活動を展開することで、最終目標である「児童の自立」を目指しているのである。高校生が小学校の生活科の授業(4時間)に参加し、チャレンジショップ「Rikka」の概要説明、ビジネスマナー、オリジナル商品のネーミングなどの指導に当たった。一方、小学生は独自に市内で催される市(いち)に出かけ販売における現地調査を行った。また、野菜(きゅうり、トマト、ミニトマト、なす、夕顔)の栽培を店舗経営期間に収穫のピークを迎えるように配慮することも重要な学習であった。


高田商業高校生によるビジネスマナー講習(6月)

 こうした店舗経営を題材とした「役割の理解」と「人とのかかわり」に至る段階を3つの活動に分けた。

  1. 「調べて見通しを持つ」活動、
    ・高校生からお店の概要を教えてもらう。
    ・「ポイントカードの作成」「品物の提供」について協力できるか話し合う。
    ・お店の人はどんな工夫をしているのか、市(いち)で調べる。
  2. 「調べたことを生かす」活動
    ・市(いち)で調べたことをもとにして、グループに分かれ、「お店屋さんごっこ」の計画を立てる。
    ・計画をもとに、お店屋さんごっこの振り返り、工夫の成果や課題を話し合う。
  3. 「経験を踏まえ、計画・実行する」活動
    ・「お店屋さんごっこ」活動の様子を高校生に伝える。
    ・高校生や中学生にお願いしたことをまとめ、お願いする。
    ・中学生や高校生とともに、「お店での販売活動」を体験する。
    ・サツマイモを収穫し、いち市で販売する計画・準備をする。
    ・「市(いち)での販売活動」を体験する。
    ・上記二つの販売活動後、がんばった自分、できるようになった自分、サツマイモ販売で生かしたいこと等についてまとめる。


中学生と栽培した野菜を販売する(開店初日)

5 小中高大の連携によってなしえたこと

 大町小学校では、店舗経営に至るまでに多くの役割と人とのかかわりを学ぶ機会をもつ。その活動の鍵を握るのは、連携する中学生や高校生であり、地域の人たちである。また、大学生・大学院生は、こうしたそれぞれの学校段階が意図するキャリア教育上のねらいを、適切に運営するコーディネーター役を担い、客観的な視点でこの取り組みの評価を行った。
 「どの児童も、初めは恥ずかしさからか『いらっしゃいませ』『ありがとうございました』と大きな声で言えなかったようだが、30分もすれば休み時間に出すような大きな声が出せるようになっていた。中には、自分から『○○がやりたい』と言い出したり、自分たちが作った野菜を一生懸命客に売り込んだりする子が現れ、時間とともに積極的に営業に関わろうとする態度が芽生えてきたようだった。」(学部生)
 「中学生や高校生のやっていることを見て、興味・関心を持つとともに、実践するようになった。(情報収集能力の「身近で働く人々の様子が分かり、興味・関心を持つ」における変化)」(大学院生)
 こうした児童の変化の質的な評価は、キャリア教育を学び、実践に参加ことによって形成される。大町小学校の目指した、「役割」と「かかわり」についての能力や態度の育成は、リアルな体験と異年齢の多くの人たちとの接点により実現されていったことがわかる。大町小学校の児童はここでの学びを生かし、自分達だけの市(いち)における販売活動を予定している。

おわりに

 キャリア教育による小中高大の連携は、教育に多くの可能性をもたらす。児童生徒のリアルな学びに基づくダイナミックな変化をもたらすには、地域の教育行政によるキャリア教育の推進による校種間の基本的理解が存在していることが条件である。また、こうした取り組みをそれぞれの学校が、教育課程の一部に連携を位置付け、適切な評価と継続的な実践の中で、地域の文化として根付かせていくことが重要である。キャリア教育実践にはその可能性を十分に秘められているといえる。