摂食障害の発症機序に関する研究

 現代は「やせを賛美する社会」であるといわれるように、女性の美意識は、よりやせ体型志向になっています。摂食障害は思春期から青年期に好発するといわれていますが、患者数の増加に伴って、低年齢発症型の摂食障害も増加しています。小中学生(特に月経発来前)の摂食障害は神経性無食欲症、制限型が多いことが知られていますが、発達段階での発症は、その後成長障害などの後遺障害を伴うため治療的に緊急性が高いのですが、専門的な治療施設が少なく、治療に難渋する事例が多いという現実があります。

 低年齢発症型の摂食障害を予防していくには、小学校段階からの食育において摂食障害を意識した内容を取り入れていく必要があると思います。数多くの研究者が、摂食障害患者に認められる自尊感情の低さを指摘しているように、摂食障害の発症予防には、自尊感情を育てることも大切です。子どもの自尊感情を構成する要素の中でも、「体型」はかなり大きなウエイトを持っているといえます。自尊感情には、「なりたい自分になれていない」側面と、「ないたくない自分に近づいている」側面があります。こうした体型への不満足度をシルエット画で評価する方法を用い、小中学生を対象に体型への満足度と間食摂取行動について調べてみました(1)。その結果、体型への不満足度が高い子どもほど自尊感情が低く、間食摂取に対しても抵抗感が強いという結果が得られました。これらの子どもは「食べたら太る」、「太るとますます嫌な自分になる」というジレンマの中で、楽しく食べることや健康のために食べることが次第に困難となり、挫折体験などの心理的ストレスを機に摂食障害を発症する危険性の高い群と考えます。

1)若年性摂食障害ハイリスク者をスクリーニングできないか
 この問題については、これまでにも多くの研究が積み重ねられています。摂食障害の症状評価尺度である”摂食態度調査票 Eating Attitude Test (EAT)”はその代表的なものです。これを一般小中高生に実施し、カットオフポイントを上回っている生徒たちは「潜在的摂食障害」「摂食障害予備軍」等と呼ばれています。しかし、EATはかなり摂食障害の症状に直結した質問項目で構成されており、カットオフポイントを上回っている段階ではすでに発症段階にあること、低年齢の対象者には子ども版(ChEAT)も開発されていますが、実際に発症ハイリスク因子を捉えているとは言い難いことなど、まだまだ問題が残っています。そこで、われわれは、若年型摂食障害に特徴的な性格傾向に着目し、身体への不満足度とやせ願望を指標として尺度の開発に取り組みました(2)。できあがったものは、17項目からなる「若年性摂食障害尺度」です。現在のところ実際にできあがった尺度で子どもたちをスクリーニングする実践には つながっていませんが、この尺度で高得点を示す子どもが、学校や家庭でストレス状態に陥ったり、体型不満足度がさらに高まった状態になったりすると、摂食障害を発症するリスクが高いのではないかと考えています。

2)摂食障害を発症しない要因は何か
 私が上越教育大学の保健管理センターで学生相談にあたりながら、或いは、学部生に摂食障害の授業をした後など、「先生の話を聞いて、私も中学時代摂食障害だったかもしれない」というような学生に意外と多く出会いました。その大半は一時的に摂食障害に近い状態を呈しながら、病院にかかることなく自然治癒しています。長年摂食障害外来を担当し、「摂食障害を発症した人はできるだけ早く医療機関を受診してください」という立場をとっていましたので、大変な驚きでした。
 そこで、関係の大学、短大、専門学校の学生さんに協力を依頼し、これまでに、摂食障害類似症状を経験したことがあるかについて調査しました(3)。

表2. 摂食障害類似症状の経験者数
摂食障害類似症状 下位分類 人数
あり 現在もある 8
過去にあった 受診歴なし 40
受診歴あり 10
なし 今後発症の恐れあり 78
今後発症の恐れなし 270

 
 この結果が示すように、調査した406人の学生さん(18〜22歳)のうち、58人(14.3%)に摂食障害類似症状を経験しており、現在も続いている8人(いずれも受診なし)を除く50人のうち8割にあたる40人は治療を受けることなく改善しています。症状が消失した理由として、多くの人が自由記述欄に「やせたいとは思うが、健康を害してまで...」と書いており、どこかで自制心が働いた結果であり、この自制心こそが「健康教育」の中で培われてきたものではないでしょうか。これまでに症状の経験のない348人のうち78人(22.4%)は今後発症する恐れがある感じており、現代の学生さんにとって、摂食障害類似の食行動ややせ願望はさほど異質なものではないようです。

3)摂食障害の発症環境に寄与する因子
 上述の研究で、408人中270人は「これまでも今後も摂食障害には縁がない」と考えていますが、この人たちは全く部外者なのでしょうか。わが国の若い女性に蔓延する「やせ志向」はほとんどの女性にとって共通の概念であり、平成14年度の国民健康調査では「普通体型の7割近くの人が自分のことを太っている」と認識しています。こうした環境は明らかに摂食障害の誘発因子でありながら、当事者でない限りその有害性に気づいていないと思われます。まさに、いじめにみられる傍観者的存在に類似しています。そこで、大学生を対象に、同級生が急にやせたり太ったりしたときの反応について調査してみました。結果は予想通り、やせた友人に対しては「陽性の評価」の結果をストレートに言語表出し、太った友人に対しては「陰性の評価」を感じながらも言語化しないというものでした。つまり、体型が急に変わることは当事者にとって「こころの危機」のサインであるにもかかわらず、周囲の友人は一元的に「やせ=プラスの評価」として捉えられていることが、摂食障害の発症環境の一因であるといえそうです。
 これまでにも摂食障害の発症には個人の自尊感情が関係していることは、数多くの先行研究において示されています。日本人よりも自尊感情が高いと言われる韓国では、確かに摂食障害の発生や摂食障害による死亡数が低いことが報告されています。そこで、ボディイメージの障害に与える自尊感情の影響を、日韓の女子大学生を対象に調査しました。ボディイメージの測定には、現実の体型との差異を計測するに優れているJ-BSS-1(鈴木公啓、2007)を用いました。結果、韓国人学生は日本人学生よりもボディイメージの歪みが少なく、日本人よりも自尊感情得点が高いことが関係していることが明らかとなりました(4)。

【引用した修士論文等】
(1)角田結美、ボディイメージの理想自己と現実自己の差異が間食選択行動に及ぼす影響
 平成19年度修士論文
(2)三輪絢子、若年発症型摂食障害の予防に寄与する評価尺度の開発
 平成19年度修士論文
(3)竹内麻衣、自尊感情とレジリエンスが摂食障害の疾病抵抗性に及ぼす影響
 平成21年度修士論文
(4)五十嵐理恵、女子大学生のボディイメージに影響を与える要因の検討
 平成24年度修士論文