健康教育全般

 学校での健康教育の3つの柱は、食事、運動、休息(睡眠)といえるでしょう。これは、新しい学習指導要領総則編に「学校における食育の推進並びに体力の向上に関する指導, 安全 に関する指導及び心身の健康の保持増進に関する指導については, 体育科の時間はもとより, 家庭科, 特別活動などにおいてもそれぞ れの特質に応じて適切に行うよう努めることとする。」と明記されており、今回の改正における要点の1つでもあります。健康教育を有効に推進するためには、様々な学問領域における正しい知識基盤が必要で、それを学びつつ新たな知見を生み出す研究に従事することは、みなさんの今後に教育者としてのキャリアにおいて重要なことでだと思います。増井ゼミでは、これまでに健康教育として以下の3つの領域において研究を進めてきました。

1)睡眠学習
actiwatch 運動や食事と違い、睡眠は実体験として教室で学ぶことの難しい現象の1つです。例えは、「眠気」や「午睡」は教室で経験できますが、夜間の睡眠状態については、どうしてもこれまでの学習のように、睡眠表や睡眠日誌に頼らざるを得ません。左この写真は、Minimitter社製のActiwatch AW-21です。丁度腕時計程度の大きさで、非聞き手の手首に装着し、1週間連続で被験者の行動量を計測し、内蔵メモリに保存していきます。その結果を専用ソフトで解析し、行動量や睡眠時間(睡眠深度)を評価することができます。われわれは小学5年生を対象に、Actiwatchを用いた「睡眠と生活リズム」の指導案を作成し、実際に授業を行ってみました(1)。
 こどもたちの反応は予想以上にあり、われわれが狙いとした単に同じ時間に寝ている(規則性)とか、8時間寝ている(睡眠時間)ではなく、「睡眠の質」の指標である「朝の目覚め」「日中の眠気」などへの気づきが多く見られました。それだけでなく、睡眠の質を高めるために、日中の運動習慣が強まるなどの副次的な効果も認められました。まだまだ学校現場への応用には費用的な問題もありますが、今後重力センサーが小型化、低価格化していけばActiwatchの廉価版が登場し、学校での睡眠学習にとりいれられるのではないでしょうか。
 現実的には、日常一般的に使われている睡眠表を有効利用して、こどもたちの「睡眠の重要性」に対する意識を高めていくことが重要と考えます。
その中で、
 ・穏やかな入眠
 ・夜間覚醒のないこと
 ・気持ちのよい自律した目覚め
 ・日中の眠気がないこと
など、単に規則正しく眠ることだけでなく、睡眠の質にも着目し、個人個人にあった睡眠パターンを見つけ、中学、高校、そして社会人になっても持続可能な睡眠認識を確立することが大切ではないでしょうか。
 現在こうした視点からの「睡眠学習」を、上越市内の小学校に協力していただいて実践しています。こどもたちは睡眠の質よりも規則性を重視する傾向が見られ、週末に平日の睡眠負債を解消するため長目に寝ていることさえ「悪い習慣として改めるべきこと」のように捉え、睡眠負債が蓄積しないよう平日の睡眠時間を確保することと優先順位が逆転しているようです(2)。以上から、個人の睡眠指導をする上で、睡眠表は有効な教材の1つであると考えます。

2)性に関する教育
 学校における健康教育の柱の1つに、性に関する教育があります。性感染症の予防、臨まない妊娠の予防など一次予防としての性教育だけでなく、性同一性や性嗜好性にいたるまで、幅広い内容を含んでいます。小学校から高校までは系統的に性教育を受ける機会が多いのですが、実際性行動が活発化する大学生段階では、その知識の積み重ねが無防備な性行動の抑止力となっていないです。また、学部生に対する意識調査では、高校までに学習したはずの性に関する知識さえもが、十分に蓄積されていないことが分かりました。
 そこで、教員養成系大学である本学の学部生を対象として、性知識、、短大、専門学校の学生さんに協力を依頼し、これまでに、摂食障害状態になったことがあるかについて調査しました(3)。近年有効性が認識されてきた少人数のピアサポート形式で行われる性教育と、大人数で講義形式で行われる性教育も、教授する内容によって使い分けることを望んでいる現状が明かとなりました。
 また、性教育の内容については、単に医学生理学的な知識の伝授だけでなく、性の意義を含めた心理学的な側面についても学習意欲が高いことも分かりました。今や高校生の半数近くが大学進学する時代にあって、性交渉が活発化する大学生を対象とした「性教育」のあり方について、各大学での独自の取り組みに期待するところです。

3)小学校における食育の実態
 小学校における食育実践をよりよいものにするために、教員養成課程でどのような取り組みが必要なのでしょうか。これを明らかにする上での基礎資料として、小学校教員と児湯員養成課程にある学部生に対して、食育実践への意識調査を実施しました。学部生を対象とした調査はこれまでにも実施されていますが、「教員になったときどうするか」という視点で行われたものはありません。学部生では、食育に関心が高く食生活が良い者ほど食育実践への意欲が高いという相関関係が認められました。大学生は親元を離れ本当の意味で食事の自立が求められる時期です。従って大学生における食育の見直しは、個人としての健康の保持増進だけでなく、将来教員としての実践力の養成においても有用であるといえそうです。

【引用した修士論文等】
(1)大塚純子、活動量の持続的測定結果に基づく睡眠の保健指導が児童の意識に及ぼす影響
 平成20年度修士論文。
(2)倉地優美子、小学校における睡眠の保健指導に関する研究
 平成24年度修士論文。
(3)嘉義 恵、大学生の性意識に基づく性教育プログラムの開発に向けた調査研究
 平成20年度修士論文
(4)及川亜美、小学校教員および学校教育学部学生における食育実践の意識と課題
 平成23年度修士論文