ストレスマーカーを用いた健康教育

 いじめ、不登校、ひきこもり、校内暴力など、家庭や学校における問題の背景には、子どもたちが抱えるストレスの存在が指摘されています。近年、生命科学の分野でのめざましい躍進によってストレスの生物学的解明が進んでいますが、教育学の分野では、ストレスは心理社会的に捉えられ、LazaursとForkmanの定義  "Psychological stress is a particular relationship between the person and the environment thatis apparaised by the person as taxing or exceeding his or her resources and endangering his or her well-beong." が汎用されています。
 生体が発する様々なシグナルのうち、ストレスによって敏感に変動するものは、ストレスマーカーと呼ばれます。心拍数や呼吸数、血圧、体温などの学校で測定しやすいものもありますが、できるだけストレスに敏感で安定した測定値が得られるものが望ましいといえます。さらに学校における保健学習や健康教育に用いられるサンプル採取の条件として、
  ・即時性
  ・簡便性
  ・非侵襲的
  ・ローコスト
などが、あげられます。
 こうした条件を満たすものとしては、唾液(>尿>血液)が最も優れているのではないでしょうか。そこで、われわれは唾液で測定可能なストレスマーカーを用いて、自覚的健康度との関連などについて予備的研究を展開しています。

1)唾液中ストレス関連物質
kokoro
 これまでは急性ストレスの結果上昇する物質として、コルチゾール、α-アミラーゼ、IgAなどが研究されてきましたが、副腎髄質からカテコールアミンと共分泌されるクロモグラニンAが紹介され、コルチゾールよりも「より精神的ストレスに感受性の高い」マーカーとして注目されています。私たちは、平常状態における唾液サンプル中のα-アミラーゼ活性、クロモグラニンA濃度を測定し、自覚的健康度との関連について調べました(1)。 
 α-アミラーゼ活性の測定には(株)ニプロから簡易型の唾液アミラーゼモニタが発売されていますが、今回はこのアミラーゼモニタとα-アミラーゼ EIA Kit(Salimetrics)の両方、クロモグラニンAはクロモグラニンA EIA Kit (YK-070, 矢内原研究所)を用いて測定しました。吸光度計を含め、EIAに必要な機器は健康科学実習室(体育棟104室)に揃っています。
 今回は、同意の得られた大学院生39人を対象に、唾液α-アミラーゼ活性とクロモグラニンA濃度を測定した結果、定常状態においてはこれら2つのストレスマーカーには負の相関関係があることが分かりました。実際、その意味するところは今後の検討課題ですが、定常状態におけるストレスマーカーの値がその人の健康状態のどのような側面と関係があるのか、興味のあるところです。

2)唾液酸化還元電位(Oxdation reduction potential)
ara 
 ヒトが酸素を摂取して生命を維持している段階で、体内ではその一部が活性酸素となり、酸化ストレスといいます。体内には抗酸化酵素の働きで活性酸素を除去しますが、酸化ストレスと抗酸化酵素のバランスが崩れたときに、生体内分子が酸化され、様々な病気の原因となることが分かってきました。ORPは、こうした酸化ストレスと抗酸化酵素のバランスの状態を総和として概算する一つの方法として注目されています。われわれは簡便にORPを測定できる酸化還元電位確認計(写真)を用いて、学生ボランティアのORPと自覚的健康度との関連について検討しました(2)。
 ORP値50mvを境界として、還元群(=<50mv, N-59)と酸化群(>50mV, N=22)に分類し、日本語版GHQ28の総得点、要素スケール、項目得点については、有意差が認められたのは質問25「死にたいと思ったことは」のみでした。

3)まとめ
 学校という集団においては、病気の予防や早期発見もさることながら、「健康な子どもたちをより健康に」という発想が大切です。「どこも悪いところがないし、今の生活で大丈夫」と思うのではなく、唾液のα-アミラーゼ活性やORPのように、食生活や生活の過ごし方によって変化するマーカーを用いることができれば、子どもたちの健康意識を高めるための動機付けをすることができ有用だと考えます。

【引用した修士論文等】
(1) 三森由希子、大学院生を対象とした唾液中ストレスマーカーと自覚的健康度との関連
 平成22年度修士論文
(2)島田小百合、大学院生を対象とした唾液酸化還元電位値と自覚的健康度との関連
 平成22年度修士論文