ようやく冬の寒さもやわらぎ、上越市内でも梅の花が咲き始め、桜のつぼみも膨らみ始めています。この良き日に、ご来賓・保護者の方々をお迎えして、160名の卒業生の皆様の卒業式・学位記授与式を挙行できますこと、感激に堪えません。
卒業生の皆さん、ご卒業まことにおめでとうございます。心よりお慶び申し上げます。また、保護者の皆様にも、お祝いを申し上げます。
ここで過ごした4年間という年月は、人生100年時代と言われる現在では、そう長い期間ではないのかもしれません。しかし、皆さんの多くが、親元を離れ、同世代の仲間とともに友情を育みながら、勉学や課外活動にも励み、人によってはアルバイトやボランティアにも精を出したこの4年間は、なにものにも代えがたい素晴らしい体験の4年間であっただろうと推察します。
そうした学業生活を終え、4月からは、皆さんは社会人として仕事を始めることになります。その多くは、教育現場に立つことになります。教師という職業は、教えるということが中心の職業ですが、同時に「学び続ける職業」でもあります。たとえば、どのようにしたらわかりやすく子どもたちに伝えることができるのかというようなことを考えることは、終わりのない取り組みだと言うこともできるでしょう。また、学問的知識も学問の深化によって更新される場合があります。私が中学生の頃は、鎌倉幕府の成立は1192年と教えられました。この年は、源頼朝が征夷大将軍に任じられた年です。現在の教科書では、ピンポイントで年号が示されるのではなく、複数の説があり、少し幅をもたせてその成立のプロセスが説明されています。
自然科学的真理は変化しないと考える方もいらっしゃるかもしれませんが、科学哲学者のカール・ポパーによれば、科学的な理論はまだ反証されていない仮説(「反証されていない」ということの意味は、間違っていることが証明されていないということ)であり、反証可能性こそが科学的な言説の条件だと捉えています。つまり、教師は、日々アップデートされる知識に敏感でなければなりません。
また、子どもたちに自律的に学ばせようとするなら、教師が学び続ける姿を見せることこそが、なによりも効果的だと私は考えます。
さて、現在、少子化が進行しています。この地域の学校も毎年のように統廃合が進められていますが、地域や学校だけの問題ではなく、社会や国全体の問題として考えなければなりません。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、日本の人口が1億を下回るのは、2056年です。もちろん、日本の人口は、過去には、1億を下回っており、人口が1億を超えたのは、1966年3月31日だと言われていますから、過去には、少人数で社会が回っていたわけです。しかし、増加するときと減少するときとでは、各世代の人口構成がかわります。生まれてくる子どもたちの人口が減ると、高齢化率(総人口に対する65歳以上の人口の割合)が高くなります。2025年の高齢化率は、約29.4%ですが、国土交通省の「国土の長期展望専門委員会」の推定では、2050年には日本の高齢化率は37.7%まで達します。つまり、日本の人口のおよそ3分の1以上が高齢者になります。
いわゆる生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口)が少なくなるわけですから、65歳以上でも元気な人は働かざるをえなくなっていきますし、『令和7年度版高齢者白書』によれば、65歳以上の就業者数は、20年連続で前年を上回っており、労働力人口に占める65歳以上の割合は、令和6年度では13.6%ですから、すでにもうそうなっていると言えます。
そうした時代においても、維持しなければならない職業というものがあります。新型コロナウイルス感染症のパンデミック以降は、そうした職業は「エッセンシャルワーク」と呼ばれるようになりました。それは、「必要不可欠な労働」と訳されたりもします。具体的に列挙すれば、「医療・福祉」、「教育・保育」、「公共サービス・行政」、「物流・小売り・食品」、「交通や社会インフラ」などの仕事です。こうしたエッセンシャルワークを維持しようとすれば、それなりの数の人材が必要になります。人口減少社会であっても、それを維持するための工夫をしないといけません。そのために、今後は、おそらく、働き方や生活の様式が大きく変化するのではないかと私は思います。
たとえば、二つの場所で生活するいわゆる「2拠点生活」とか、その2拠点生活に合わせて、仕事を2つもつとか。そうした生活様式が広まれば、都会で収入を得て、田舎で消費活動をすることで、地方都市における経済活動の活性化につなげることができるのではないかと思います。
そうしたことが難しいとすれば、エッセンシャルワークに従事する組織を、1か所に集めて、その周辺に住民を住まわせるような工夫をすることなども考えられるかもしれません。
しかし、いずれにしても、住み慣れた住居から移住したくはないと考える人たちもいるであろうことは想像できます。
公立学校でも複数校担当の教員配置が行われているところがあります。文部科学省のホームページにも、「複数校指導の手引き」という小冊子が2021年に掲載されています。大学でも、2つ以上の大学で、あるいは、大学と企業など2つの組織で働くクロスアポイントメント制という制度もあります。
いろいろと工夫を重ねていくしかないのでしょうか。
私は、ここで、「たいへんな世の中になりますよ」とマイナス思考の考え方を披歴したいわけではありません。言いたいのは次のようなことです。現在、日本は、人口減少のような、人間が組織的にコントロールしにくい社会変化に直面しています。しかし、一方では、科学技術がさらに進化し、AIやロボットによって、人間は一部の仕事から解放されることになるかもしれません。けれども、それでもなお、人間は、なんらかの役割を背負って、なんらかの仕事に従事し、生きていくのだと思います。「なんらかの役割」と述べたことは、「人生の目的」とか、「生きがい」とかに繋がるものを私はイメージしていますが、そこには、皆さんそれぞれが描く目的を入れてよいと思っています。
私たち上越教育大学の教職員は、教員になるという皆さんの夢を支援してきました。今度は、皆さん自身が、次世代の子どもたちを、支援して導く番です。未来を生きる子どもたちが、自分の力で明るい未来を作り上げることができるように、皆さん自身が、思う存分、活躍していただきたいと願っています。
結びに、卒業生の皆さんと、彼らを見守り支援してくださった保護者の方々、そして、ご臨席の皆様のますますのご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げて、告辞といたします。
令和8年3 月19 日
国立大学法人 上越教育大学長
林 泰成
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