今年の冬も大雪が降りましたが、ようやく厳しい寒さもやわらぎ、上越市内でも梅の花が咲き、高田公園の桜のつぼみも膨らみ始めています。この良き日に、ご来賓・保護者の方々をお迎えして、156名の卒業生の皆様の卒業式・学位記授与式を挙行できますこと、感謝に堪えません。
卒業生の皆さん、ご卒業まことにおめでとうございます。心よりお慶び申し上げます。また、保護者の皆様にも、お祝いを申し上げます。4年間の学業生活を終え、4月からは、皆さんは社会人として仕事を始めることになります。その多くは、教育現場に立つということになりますが、皆さんが本学で得た学びの内容は、どこに出しても恥ずかしくない、素晴らしいものです。自信をもって、教壇に立っていただきたいと思います。そして、児童生徒たちと切磋琢磨しながら成長していっていただきたいと思います。また、児童生徒たちとは、教える者と教えられる者の関係にありますが、一個の人格を持った人間としては、対等なのだということを忘れないでいただきたいと思います。
また、皆さんの中には、別な職業につくとか、あるいは進学するという方もいらっしゃるかと思いますが、教育大学での学びは、汎用性の高い学びでもありますので、今までに身に付けた知識やスキルを存分に生かして、それぞれの場でご活躍いただきたいと思います。
さて、皆さんが本学に入学したのは令和3年4月ですが、その約 1 年前の令和2年の2月に、横浜港に停泊していたダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスの集団感染が発生しました。私も、その頃は、気になってよくニュースを見ていましたが、恥ずかしながら、正直に言いますけれども、まだどこか他人事のように感じていたように思います。しかし、あっという間に全国に広がり、本学でも、対面授業が難しくなり、オンライン授業に移行しました。
令和5年の5月には、新型コロナの感染法上の分類がインフルエンザと同様の5類に移行することになりました。この段階で、新型コロナが完全になくなったというわけではありませんが、これを終息の一つの目安としてみると、皆さんは、本学に入学してからも少なくとも 2 年間以上にわたって、つらい生活を強いられたということになります。付け加えて言いますが、新型コロナは今もなくなったわけではありませんので、十分に注意していただきたいと思います。
こうした出来事を体験して、私が感じるのは、一方で、世界に出て見聞を広げることは大切なことだけれども、パンデミック(集団感染)を避けるために、一つの選択肢として、地域に閉じこもるという生活もありうるということです。もちろん、そうしたことは、他人に強制するようなものであってはなりません。
しかし、もう一方で、日本には、少子化の問題があります。地域社会が、医療施設や高齢者施設、商店や交通機関を整備してやっていくためには、一定程度の人口が必要だと言われています。令和2年の人口データを確認すると、現在の上越市の人口は 18.94 万人(約 19 万人)です。糸魚川市は 3.82 万人、妙高市は 3.14 万人です。三市の合計で 26 万人ほどです。いろいろな見方があるようですが、令和5年度に閣議決定された、国土交通省が出した「第 3 次国土形成計画」には、一つの地域が都市としてやっていくには、少なくても生活圏内人口として 10 万人以上が必要だとされています。つまり、この人口だと3市を含む上越地域内で2つの生活圏を創るのが精いっぱいということになるのではないでしょうか。人口を増やす手っ取り早い方法は、外国人労働者を雇い入れることですが、そうした政策にはきっと賛否両論あることでしょう。もしそうしなければ生活圏が成立しないとなると、地域に閉じこもるなどということは難しいことになります。
また、皆さんが入学して1年が経ったころ(令和 4 年 2 月 24 日)に、ロシアのウクライナ侵攻が始まりました。その年の3月には、私は、「J-style 通信」に「私はどんな戦争にも反対ですが、それを国際紛争解決のための手段として使うということは、今でも現実に行われています」と書きました。ロシアがウクライナの領土に侵攻したととらえれば、ロシアが悪いと言えそうですが、事はそう単純ではありません。NATO の東方への拡大が先にあったと考えると、ロシアは NATO に挑発されたと言うこともできます。
人口学者で家族人類学者のエマニュエル・トッド氏は、『西洋の敗北:日本と世界に何が起きるのか』(文芸春秋)という本を書いています。その中で、西洋の敗北は明らかだと言うのです。そのうえで、日本は敗北する西洋の一部なのかと問いかけています。
最近では、アメリカ大統領のトランプ氏が、仲裁者として出てきましたが、自国中心の保護主義的な政策をとる大統領が、どれだけ力を発揮できるのかは、現時点ではわかりません。ウクライナ侵攻の話など、私のような素人が軽々に論じるべき課題ではないかもしれませんし、論じたところで結末を変える力などありません。
しかし、今述べたことを通して、私が皆さんに申し上げたいのは、新型コロナ感染であれ、ウクライナ侵攻であれ、そうした出来事に関心をもっていただきたいということです。もちろん、個人がどう生きるかということも大事だと思いますし、4 月に入れば忙しくて何もできなくなるだろうからそんなことを考えている余裕はない、ということになるかもしれません。私も、皆さんが幸せな人生を送ることを願っています。しかし、それをささえている周囲の社会的環境に無頓着であってはなりません。それと私たちの生活は密接に結びついているのです。個人的ウェルビーイングと社会的ウェルビーイングの両方が成立してはじめて幸せな生活といえるのです。
これから皆さんが活躍される社会はどのような社会になっているでしょうか。AI やロボットなどの進歩にはすさまじいものがあります。自動運転の車が無人で道路を走りまわるのももはやそう遠い未来のことではないように思います。学校教育のシステムも、DX 化によって大きく変化しているかもしれません。そうした社会において、皆さんよりもさらに未来を生きる子どもたちが、自分の力で明るい未来を作り上げることができるように、皆さんは教師や、心理師などの教育支援員として、思う存分、活躍していただきたいと願っています。
最後に、学生さんたちを見守り支援してくださった保護者の方々と、卒業生の皆様のますますのご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げて、告辞といたします。
令和 7 年 3 月 19 日
国立大学法人 上越教育大学長
林 泰成
サイトマップを開く